近年は自動運転技術の発展とともに、自動車に搭載されるイメージセンサーの役割が重要性を増している。ソニーセミコンダクタソリューションズ(以下、ソニーセミコン)は、スマートフォン向けイメージセンサーで培った技術力を背景に、車載市場でも大きな存在感を発揮している。

今回はソニーセミコンの馬場裕一郎氏に、最先端の車載向けイメージセンサーに求められるテクノロジーと同社のビジネス戦略、さらには今後の展望を聞いた。

  • 今回の取材にあたり実施された、車載向けイメージセンサーのデモの様子。ソニーセミコンの「IMX728」(左)と従来型センサー(右)を積んだ小型カメラを、公道を模したミニチュアセットの中で走らせ、その映像から各センサーの能力を体感できるというもの。ソニーセミコンダクタソリューションズの本社がある、厚木テクノロジーセンターにて

    今回の取材にあたり実施された、車載向けイメージセンサーのデモの様子。ソニーセミコンの「IMX728」(左)と従来型センサー(右)を積んだ小型カメラを、公道を模したミニチュアセットの中で走らせ、その映像から各センサーの能力を体感できるというもの。ソニーセミコンダクタソリューションズの本社がある、厚木テクノロジーセンターにて

車載とモバイル、イメージセンサーの違い

車載向けイメージセンサーの特性を理解するためには、スマートフォンを中心としたモバイル向けイメージセンサーとの違いを明確にする必要がある。最も基本的な違いについて、馬場氏が次のように説く。

モバイル向けイメージセンサーは「人間がこういう画を撮りたい」という意志のもとに、撮影条件やアングル、被写体などを選びながら使うものだ。そのため、極端な逆光や真っ暗な環境、被写体が高速で移動するような「悪条件」は基本的に想定されていない。また、モバイルカメラの場合は露光条件を変えて撮った複数の静止画像データを後から合成する「フレーム間処理」が使える。

一方、車載向けイメージセンサーでは悪天候や明暗差などがあっても有無を言わさず、どのような環境条件下でも正確に遅延なく、画像を記録しなければならない。「とても難易度が高い」のだと馬場氏は強調する。

この違いは、「画質の良し悪し」の基準にも表れる。

モバイルカメラでは「ヒューマンビジョン」として、人間の記憶を再現する画づくりが良しとされ、感性に訴えかけるような“ボケ味”のある画も好まれる。しかし車載の場合は「マシンビジョン」として、イメージセンサーが捉えた物体の正確な形や車両からの距離などの、実用的なデータを後段のAI認識エンジンに渡せることが大事な意味を持つ。

さらに、車載向けでは「遅延=レイテンシー」を防ぐため、露光条件の自動調整(AE)が基本的には行われない。露光合わせの間に遅延が発生することが許されないからだ。従って動画撮影に近い方式で、露光条件を固定して30fps(フレーム/秒)で連続してシャッターを切る。

  • 車載とモバイルでは用途が異なることから、イメージセンサーに求められる性能もそれぞれ変わってくる <br />出所:ソニーセミコンダクタソリューションズ

    車載とモバイルでは用途が異なることから、イメージセンサーに求められる性能もそれぞれ変わってくる
    出所:ソニーセミコンダクタソリューションズ

開発スピードにも違いがある。モバイル向けイメージセンサーは約2年に1回のメジャーアップデートと、1年に1回程度のマイナーチェンジという周期が一般的になりつつある。

一方、車載向けイメージセンサーはこれまで、欧州や日本における新車開発が5~6年周期だったが昨今は、急成長する中国市場を中心に1~2年でシステムが刷新される傾向にある。馬場氏は「車載も、モバイルとほぼ同じスピード感が求められるようになってきた」と、市場の変化を指摘する。

車載向けイメージセンサーに求められる性能とは

車載向けイメージセンサーは、自動車の安全走行を確保し、ひいてはドライバーの生命を守ることにも寄与する。モバイル向けとは求められる性能基準が異なり、その要求も多岐にわたる。

  • クルマの安全走行の確保とドライバーの生命を守るために、車載向けイメージセンサーにはさまざまな性能基準が設けられている

    クルマの安全走行の確保とドライバーの生命を守るために、車載向けイメージセンサーにはさまざまな性能基準が設けられている

第一に、画像を捉えるときの「解像度の基準」が異なる。

スマートフォンでは50メガピクセル(50MP)のイメージセンサーを搭載したデバイスが増えてきているが、現在の車載向けイメージセンサー市場では8メガピクセル(8MP)が主流となっている。

自動車の場合は、むやみに画素数を増やせばよいというものではなく、安全性やリアルタイム処理を考慮したバランスが重視される。より遠くの物体の存在や形状を検知し、後段のシステムで遅延なく解析できることが重要だからだ。

馬場氏は「時速120km前後で走行中に150m先の車や歩行者を検出する場合、ブレーキの制動距離を踏まえて、遠方の物体を認識するために適した解像度」が、現在主流の8MPであると説く。ただし、自動運転のレベルが上がるにつれて、車載向けイメージセンサーに求められる解像度や性能の基準は急速に高まっているとも指摘している。

次に「環境性能」として、いかなる明暗差にも対応できることが、車載向けイメージセンサーには欠かせない。

たとえばトンネルを抜けるとき、人間の目は逆光に対する「網膜の明暗順応」が発生する。この際に、人間の目は一瞬見えなくなるような現象が起こる。ところが自動運転を安全に行うため、車載向けイメージセンサーの場合は一瞬たりとも「見えなくなる」ことがあってはならない。暗いところから明るいところ、またはその反対に瞬時に移動しても、イメージセンサーは遅延なく環境を画像で捉えながら認識する必要がある。

  • 車載イメージセンサーには人間の目を超えて、低照度から高照度の被写体を記録できる性能が求められる <br />出所:ソニーセミコンダクタソリューションズ

    車載イメージセンサーには人間の目を超えて、低照度から高照度の被写体を記録できる性能が求められる
    出所:ソニーセミコンダクタソリューションズ

そして「温度変化への対応」も重要だ。モバイル機器は人間が耐えられないような高温環境での使用は想定されていないが、車載用は「熱を発するエンジンの近く、または人間が耐えられない高温・低温で使われることも想定」している。

実際、車載イメージセンサーの動作補償温度は、モバイル向けの-30度〜+80度に対し、車載用は-40度〜125度と、はるかに広い範囲が求められる。これらは自動車用電子部品の信頼性と品質に関する標準を策定する業界団体のAEC(Automotive Electronics Council)が定めている、「AEC-Q100」という厳格な基準に沿うものだ。

夜間走行を考慮すると、「高感度・低ノイズ」性能も欠かせない。自動車の場合は、本当に真っ暗で照明がないような場所を走行することも十分に想定される。ヘッドライトの照射距離や角度の制約を超えたところから人が飛び出してくる可能性も考慮して、まさしく人間の目を超えるような高感度と低ノイズが求められるのだ。

  • 前出のソニーセミコン「IMX728」と従来型センサーを積んだ小型カメラによる、暗所でのデモの様子。照明がそれなりにある場所では、IMX728を積んだカメラでは道路を横断中の人をはじめ、さまざまな被写体を捉えているが、従来型センサーではごく一部の明部しか捉えられていない

    前出のソニーセミコン「IMX728」と従来型センサーを積んだ小型カメラによる、暗所でのデモの様子。照明がそれなりにある場所では、IMX728を積んだカメラでは道路を横断中の人をはじめ、さまざまな被写体を捉えているが、従来型センサーではごく一部の明部しか捉えられていない

また、「LEDフリッカー抑制」(LFM:LED Flicker Mitigation)により、高い視認性を確保することも必須だ。

LEDを採用した交通信号機は、電源周波数(日本の場合は50/60Hz)の偶数倍で点滅しているため肉眼では認識できないが、これを従来のカメラで撮ると、カメラ側のシャッタースピードと点滅周期とのズレが原因で、信号機がちらついているように記録されることがある。これがレイテンシーにつながり、自動運転制御の遅延を招く。

LFMは、交流電源由来のLED点滅に対応するため、約10ms(1/100秒)や8.3ms(ほぼ1/120秒)といった特定の露光時間を固定し、点滅周期に同期させる設計が一般的となっている。

  • ソニーセミコン「IMX728」と従来型センサーを積んだ小型カメラでとらえたLED信号機のちらつき再現デモ。上部を流れていく信号機の光が、従来型センサー(右)ではちらついて見えるのが分かる。IMX728(左)ではそういったちらつきがほとんど目立たない

    ソニーセミコン「IMX728」と従来型センサーを積んだ小型カメラでとらえたLED信号機のちらつき再現デモ。上部を流れていく信号機の光が、従来型センサー(右)ではちらついて見えるのが分かる。IMX728(左)ではそういったちらつきがほとんど目立たない

最後に「ハイダイナミックレンジ」(HDR)性能もきわめて重要だ。夜間の暗所から日中の直射日光下までをカバーするために必須であり、モバイル向けが一般的に単一フレームで約80dB〜90dBのダイナミックレンジであるのに対し、車載向けでは120dB以上の広いレンジが求められる。

  • 今回のデモで使われていた、ミニチュアセット内を走るカメラユニット

    今回のデモで使われていた、ミニチュアセット内を走るカメラユニット

  • ミニチュアセットはU字型になっており、カメラユニット(指で指している箇所)は直進後、2回左折を繰り返す

    ミニチュアセットはU字型になっており、カメラユニット(指で指している箇所)は直進後、2回左折を繰り返す

  • ミニチュアセット内の道路上には、くつろぐAIBOの姿もあった

    ミニチュアセット内の道路上には、くつろぐAIBOの姿もあった

多彩な車載用イメージセンサーの用途

車載用イメージセンサーは、自動車に搭載される多彩なアプリケーションとそのシステムを支える主要コンポーネントのひとつである。特にADAS(先進運転支援システム)や自動運転(AD)の安全性を確保するうえで欠かせない。

フロントカメラやサイドカメラは、車両周囲の環境を広範囲に把握する役割を担う。さらに、サラウンドビューカメラを用いた自動駐車支援ソリューションは急成長を遂げており、現在ではセンチメートル単位の高精度な駐車支援を可能にするイメージセンサー技術がある。

また、従来のサイドミラーやバックミラーに代えてカメラとディスプレイを組み合わせる電子ミラーは、周囲環境の視認性を向上させると同時に、自動車デザインの洗練化や車体形状の自由度向上にも寄与する。車体にとっては突起物でもある物理的なミラーを廃することで、空気抵抗が低減されることが燃費や航続距離の改善にもつながる。

ソニーセミコンダクタソリューションズは、可視光カメラに加えて次世代のセンシング技術として「車載LiDAR用SPAD距離センサー」にも注力している。2021年には、業界初となる積層型(stacked)SPAD ToF方式距離センサーを発表し、高感度かつ高分解能の距離検知を実現した。

さらに2025年には、車載LiDARシステム向けに業界初となる積層型ダイレクトToF(dToF)方式SPAD距離センサー「IMX479」を発表。このセンサーは520 dToFピクセルを搭載し、最大20fpsのフレームレートを実現する。6月10日の発表時点では、同クラスにおいて最速の性能であることもアピールしていた。光子(フォトン)検出効率を37%(940nm波長)として、強い太陽光が差し込む昼間環境下でも安定した長距離検知を可能にする。

  • 秋から量産出荷を予定する車載LiDAR向け積層型dToF方式のSPAD距離センサー「IMX479」

    秋から量産出荷を予定する車載LiDAR向け積層型dToF方式のSPAD距離センサー「IMX479」

ソニーはあわせて、評価用のメカニカルスキャンLiDARユニットも開発。自動車メーカーやシステムインテグレーター(SIer)との協業を想定し、実環境におけるセンサー性能の検証を可能にする。

同社はこれまで可視光イメージセンサーで車載市場を牽引してきたが、IMX479の投入により、次世代のLiDARセンシング分野でも今後大きな存在感を示しそうだ。ADASや自動運転における安全性確保をめぐり、SPAD型ToFセンサーの役割が注目されるだろう。

ソニーセミコン独自の「サブピクセル技術」とはなにか

モバイル向けイメージセンサーの場合、HDR撮影技術は長時間露光と短時間露光の画像を用意して、後から合成する手法が一般的だ。しかし車載カメラでは、ゴーストや信号機検知精度の低下を招くため、このようなマルチフレーム合成の技術が使えず、単一フレーム内でHDRを「撮りきる」必要がある。

この課題を解決するため、ソニーセミコンが開発した「サブピクセル」技術は、車載カメラに特有の課題を解決する独自の画素構造だ。

ひとつの画素を、感度の異なる大小ふたつのフォトダイオードに物理的に分割配置した点が特徴で、これにより、一度の露光で極端な明暗差があるシーンの情報を同時に、かつ正確に捉えられる。フォトダイオードが複数に分かれているため光飽和を防ぎやすく、高輝度環境でも白飛びや黒つぶれを抑え、信号機の色情報など安全に直結する情報を確実に取得できる。

この画素構造の最大のメリットは、動きの速い被写体でもゴーストを原理的に発生させない、単一フレームでのHDR撮影と、LED信号機の点滅を正確に認識するLEDフリッカー抑制(LFM)を両立できるところだ。先進運転支援システムや自動運転にとって欠かせない信頼性の高い画像データが得られる。

  • ソニーセミコン独自の画素構造「サブピクセル」により、HDR撮影とLEDフリッカー抑制(LFM)を両立できる <br />出所:ソニーセミコンダクタソリューションズ

    ソニーセミコン独自の画素構造「サブピクセル」により、HDR撮影とLEDフリッカー抑制(LFM)を両立できる
    出所:ソニーセミコンダクタソリューションズ

ソニーセミコンの車載事業の現状

ソニーセミコンは2014年に車載向けイメージセンサー事業に本格参入し、当時、最高感度の「IMX224」をサンプル出荷。2018年には、HDRとLFMを両立したセンサー「IMX490」を投入した。

市場の状況を見ると、自動車1台あたりに搭載されるイメージセンサーの数が急速に増えている。これはスマートフォンの多眼化と同じ流れであり、現在では多い車両で8個、さらに12個ものイメージセンサーが搭載されるケースがある。カメラを多く搭載することで、自動運転支援の精度を向上させる取り組みが進んでいる。

自動車自体の成長は2030年に向けて緩やかに推移すると予測されているが、車載向けセンサー市場は急激な伸長を見せている。ソニーの調査によると、2019年度を100%とした場合、インキャビンを除く200万画素以上の車載用イメージセンサーの市場は2030年度までに約720%もの成長が見込まれるという。

  • 車載向けイメージセンサーの多眼化トレンドにより、センサーの需要は今後も勢いよく伸びていくことが期待されている <br />出所:ソニーセミコンダクタソリューションズ

    車載向けイメージセンサーの多眼化トレンドにより、センサーの需要は今後も勢いよく伸びていくことが期待されている
    出所:ソニーセミコンダクタソリューションズ

ソニーセミコンによる車載用イメージセンサーの金額シェアもまた、順調に拡大しており、2026年度には43%のシェア達成をめざす。馬場氏によると、特に中国を中心とするNEV(ニューエナジービークル)が同社製品への需要を高めているという。さらにソニーセミコンは2025年中に、グローバルのトップOEM20社のうち85%と取引が成立する見込みであり、特定の顧客や地域に依存しない、リスク耐性に強い事業基盤を構築している。

ソニーセミコン全体のイメージセンサーの売上高は、2024年度には1兆6,549億円を達成した。内訳に目を向けると、モバイルが8割強と大半を占めている。一方の車載は2024年度で5%弱ながら、馬場氏は「伸び率としてはオートモーティブの方が高く、また技術的にも難易度の高さゆえにソニーセミコンの優位性を打ち出しやすい領域」だと述べ、同社の車載事業の今後に期待を寄せた。

圧倒的な高い信頼性を強みとするソニーセミコン

ソニーセミコンの製品がイメージセンサー市場で勢いに乗る背景には、いくつかの明確な理由がある。

そのひとつは「製造能力の高さと安定供給の実績」だ。

現在イメージセンサーの基板となるシリコンウェハは国内・九州地方に構える4カ所の工場で自社生産しており、品質管理を徹底している。特性のバラつきが非常に少ないことから、性能の高いシステム設計が可能となり、OEMから信頼を得ている。

また、これまでに圧倒的な数量を必要とされるモバイル向けイメージセンサーの領域で、OEMが必要とする製品を安定して生産・供給してきた実績もあると、馬場氏は胸を張る。

馬場氏は、ソニーセミコンでは多彩なセンサーのカテゴリを横断しながら、各領域のエキスパートであるエンジニアがノウハウを持ち寄り、パートナーに対してハイレベルな提案ができることも強みとして挙げた。

車載向けイメージセンサーは、自動車の安全性と利便性を飛躍的に向上させる自動運転技術の要だ。ソニーセミコンが持つ世界トップクラスの技術と、市場のニーズを的確に捉えた戦略により、今後も自動車産業の発展に大きく寄与することが期待されている。

  • 今回の取材に応じた、ソニーセミコンダクタソリューションズの馬場裕一郎氏

    今回の取材に応じた、ソニーセミコンダクタソリューションズの馬場裕一郎氏

【お詫びと訂正】初出時、LEDフリッカー抑制(LFM)について「特に欧州規格ではLFMの抑制が強く求められている」としていましたが、欧州規格では交通信号のLED発光周波数を90Hz以上と定めているものの、LFM自体を求めているという事実はなく、当該記述を削除しました。また、車載向けイメージセンサーのHDR性能に関する記述の一部に誤りがありました。お詫びして訂正いたします(9月26日 11:05)