ダッソー・システムズは6月18日~21日の4日間、アメリカ・ボストンにて”サイエンス”をテーマとした年次グローバルイベント「SCIENCE IN THE AGE OF EXPERIENCE 2018」を開催した。本連載では、同イベントで行われたセッションや、現地でのインタビュー取材の様子をお届けする。

第6回となる今回は、第4回に引き続き、3D人体モデル「CASIMIR(Calculated Sitting Man in Research)」を開発している独Wolfelの取り組みを紹介する。

「SCIENCE IN THE AGE OF EXPERIENCE 2018」
ダッソーが”サイエンス”をテーマとして開催する年次グローバルイベント。
ダッソー・システムズが提供する、シミュレーションソフトウェアの「SIMULIA」ブランド、ライフおよびマテリアルサイエンスの「BIOVIA」ブランドのユーザーを中心とし、エンジニアや研究者、企業関係者、学術関係者などが集い、現代社会において科学が果たすべき役割についての最先端の知見や事例を共有する会で、2018年で3回目の開催となる。

床ずれを起こしにくいベッドの開発へ

Wolfel エンジニアリングディレクターのAlexander Siefert氏

Wolfel エンジニアリングディレクターのAlexander Siefert氏

前回の記事の通り、人体にかかる圧力の影響と、豚を用いた研究データを掛け合わせ、最適化処理を行うことによって、より人の身体に近い3D人体モデルを開発したWolfel。

次に同社が目指したのは、床ずれを起こしにくいベッドの開発であった。

「当社は、病院用のベッドを開発するヒルロムと協力し、3D人体モデルを用いたシミュレーションを活用して、集中治療室(ICU)に設置するベッドを開発した」とSiefert氏。

ICU用ベッドの開発にあたって、両社が想定したユーザーは重症患者。そのため、身体を動かせない場合を想定する必要があった。そのため、例えばベッドを起こしただけでも、その持ち上がりに対応して身体に重力反対への応力をがかかってしまい、床ずれの原因となる。

その問題を解決するために開発したベッドに関して、Siefert氏は3つのモデル(ベッドA、B、C)を例に挙げて説明した。

「AとBのベッドは、マットレスの中に空気を入れたセルを詰めこむことによって患者への抗力をできるだけ抑えている。なお、AとBのベッドの違いは、Aのベッドにのみ背面に可動式の板が組み込まれている点にある。Cはただのマットレス。この3つのモデルと人体モデルを合わせてシミュレーションを行った結果を紹介する」(Siefert氏)。

  • 床ずれ ベッド シミュレーション Abaqus

    画像左がベッドA、B。右がベッドC。A、Bには空気の入ったセルが敷き詰められているが、Cにはそのような仕組みはない

ここで、シミュレーションでベッドを起こしたときの人体にかかる応力を調査。その結果、Aのベッドでもっとも人体にかかる摩擦が小さく、かつずれ落ちる距離も少ない様子が見てとれた。これは、ベッドを持ち上げる際にベッド背面の板が同時に動かすことによって、人体とベッド間に働く力を小さくしているためであるとのこと。具体的には、AとCで、ずれ下がりの値は3倍近く離れているという。

  • 床ずれ ベッド シミュレーション Abaqus

    人体モデルを用いたシミュレーションの様子。実際は動画で説明されたので画像では説明しづらいが、ベッドが起き上がるのに応じて、ベッドの背面にある板が上昇することによって、人体モデル・ベッド間の摩擦、および体のずれ下がりが軽減される様子が見られた

  • 床ずれ ベッド シミュレーション Abaqus

    人体モデル・ベッド間で働くずれ応力の分布図。色が赤色に近づくほど、人体に大きな力が働いている示している。明らかに空気が入っているベッドA、Bの方が、ベッドCに比べて赤色が少ないことがみてとれる

このように、いくつかのベッドのモデルをつくり、そのベッドと3D人体モデルを合わせてシミュレーションをすることによって、もっとも人体に負荷のかからないベッドを開発したというわけだ。

医療×シミュレーションの未知の可能性

ここまでで、3D人体モデル「CASIMIR」を研究しているWolfelが病院用のベッドを開発するまでの工程を紹介した。

Siefert氏に今後の展開について聞くと、「さらに臨床分野に近い研究を行っていきたい。また、年齢や筋肉量などの異なる人体モデルを増やしていくことによって、患者1人1人に合った人体モデルを提供できるようにしたい」とのことであった。

もともと同社が提供していたのは、車のシート設計用の人体モデルであったが、それが今、医療の現場にも応用されている。今後、今まで以上に人体モデルがつくられることとなり、さらにこの研究が評価され、さまざまな企業と協力することが出来れば、シミュレーション技術の進化とともに医療現場でも新たな変化が起こることとなりそうだ。