2026年度『経営者のための10冊』企業アドバイザー(元JBCCホールディングス会長)・石黒和義

 読書の秋 人生の黄金時代を心豊かに過ごすための書籍

 近年、山火事や地震・台風・集中豪雨といった大規模な自然災害が頻発している。寺田寅彦は、80年も前に「文明が進むほど自然災害の被害も増大する」と警鐘を鳴らしていた。日本列島が4つのプレートの境界上に位置する限り、地震は避けられない自然現象である。

 今、いつ起きてもおかしくない地震の一つに、南海トラフ地震が挙げられる。そのため、駿河湾から日向灘沖にかけてのプレート境界は、富士山の大噴火を含めて、いつも注意深く観察されており、日本の大動脈を貫く中心線であることは間違いない。

 しかも、100~150年の間隔でくり返し起きているから、国は言うに及ばず、個人と企業にとっても、確実にやってくる一大事といえよう。その時に備えて、私たち一人ひとりが心構えだけでなく、具体的に行動する覚悟が求められることは言うまでもない。

 そんなことを考えながら、今年も読書の秋を迎える。今回で10年目となるが、経営者がこれから迎える人生の黄金時代を心豊かに過ごすために役立ちそうな10冊を紹介することにしたい。

歩く

 『歩くという哲学』

フレデリック・グロ 著、 谷口亜沙子訳 山と渓谷社

ここでの「歩く」は、単なる散歩や自然を散策する山歩きだけではない。敬虔なる聖地巡礼・ガンディーの「塩の行進」・放浪を重ねたランボーまで多方面にわたり、ルソーに至っては野山が書斎とみている。その上で、著者が歩くことに求めていたのは、意外にも「単調で果てしない一歩一歩の繰り返しによって引き起こされる疲労」であった。

エセー

 『エセー』全6巻 ミシェル・ド・モンテーニュ 著、 原二郎 訳  岩波文庫

何げなく広げた第5巻に「若いころは見せびらかすために書物を読んだが、すこしのちには賢くなるために、今はただ楽しむために読む」とあった。そのような心情には程遠いが、自然に生きようとする著者の自己描写からは、飾らない人間味を感じさせられる。こうした名言を楽しむためにも、身近に置いておきたい古典である。

仏教

 『仏教の思想』全12巻 梅原猛 他  角川ソフィア文庫

半世紀も前に上梓された12巻からなる全集は、11人の仏教学者と2人の哲学者のコラボによって仏教思想を明らかにしようとする画期的な試みであった。その中核を担ったのは新進気鋭の梅原猛氏であり、同氏の対談からは日本文化への貢献を目指す意気込みが伝わってくる。お薦め巻は巡るが、1巻「ブッダ」と10巻「親鸞」あたりであろうか。

ディートリヒ

 『ディートリヒ・ボンヘッファー』 クリスティアーネ・ティーツ 著  橋本祐樹 訳 新教出版社

欧米社会におけるボンヘッファーへの敬意と知名度は想像を超えている。それはナチス政権下での勇気ある生き方と、ヒトラー暗殺計画に関わり、ドイツ降伏の直前に、39歳で絞首刑に処された悲劇性にあることは間違いない。それでも著者は、彼の非妥協的な姿勢は特別な政治状況によるものであり、思想の今日性については慎重な構えをみせている。

AI

 『AI脳クライシス』 酒井邦嘉 編 集英社インターナショナル

言語脳科学者である著者は、AI技術の虜になった人の脳が陥るクライシスのことをAI脳クライシスと見做す。思考力と創造力を失うことを恐れ、AIに未来を委ねてはならないと注意を促している。いち早くAI技術を取り入れた世界の一つに将棋界がある。AIネーティブの棋士たちが育つ中、羽生善治九段は自らAIを活用し、「局所解が最適解とは限らない」と明言しているのが頼もしい。

熊

 『熊:人類との「共存」の歴史』 ベアント ブルンナー 著  伊達淳 訳 白水社

前足を使って木の実をもぎ取ろうと、二本足で立ち上がる熊を目撃した私たちの祖先は、隣人を見る思いがしたであろう。著者はあくまで熊に優しく、有史以来の人類と熊が共有してきた歴史を検証し、両者の深い関係性を明かにする。今、熊の置かれている立場は深刻としか言いようがない。熊と共存するための新たなルールづくりは、人類の役目である。

苦悩

 『苦悩する男』 ヘニング・マンケル 著  柳沢由実子訳 訳 創元推理文庫

スウェーデン警察小説といえば、何といっても刑事、ヴァランダー・シリーズである。これまでも、地方都市・イースタを舞台にした福祉国家の社会問題を描き出してくれた。数々の難事件を解決したヴァランダーも定年間近、長年夢見ていた田舎の一軒家に移り住むが、そう楽はさせてくれない。最後の事件が国籍不明の潜水艦とは、厄介なことに巻き込まれなければいいが。

白村

 『白村江の戦い』 三田誠広 著  河出書房新社

倭国は、大化の改新・白村江の戦い・壬申の乱へと続く激動の時代にあった。一方、大唐帝国の矛先は、三韓から倭国に及ぼうとしていた。中大兄皇子(天智天皇)は、どのような外交力を発揮し、はやばやと遣唐使を復興させたのか。唐との海戦に大敗したことは確かであるが、歴史史料は少なく、著者の想像力が冴えわたっている。

恋

 『恋ふらむ鳥は』 澤田瞳子 著  毎日新聞出版

飛鳥時代を生き抜いた万葉歌人・額田王は、数奇な運命を辿った。熟田津の船出から近江への遷都、壬申の乱と歴史をなぞり、著者のしっかりとした古代史観に基づいて、節目ごとにおなじみの歌が配されている。最後に、自身のために詠んだ歌として、「古しへに 恋ふらむ鳥は 杜鵑 けだしや鳴きし 我が念えるごと」とあるのがいじらしい。

白鷺

 『白鷺立つ』 住田祐 著  文藝春秋

北嶺千日回峰行は、全ての行を完遂する満行か、さもないと死を選ぶしかない「不退行」の荒行である。著者はその秘められた比叡山を舞台に、帝の血筋をひく2人の僧侶の葛藤を見事に描いている。とりわけ、9日間の断食・断水・不眠・不臥で真言を唱え続ける「堂入り」の描写は圧巻であり、何度も読み返すことしきりである。