政府のAI活用が、文書の作成や要約といった支援業務から、複数の作業を自律的に実行するAIエージェントへと広がろうとしている。
デジタル庁は10月20日、政府共通の生成AI利用環境「ガバメントAI 源内」において、約18万人の政府職員を対象にAIエージェント利用環境を提供すると発表した。
今回導入するのは、AIエージェントを手軽に作成・実行できる「エージェントチャット」と、より高度なAIエージェントやWebアプリを構築できる「源内工房」の2種類。さらに、職員が作成したAIエージェント用のスキルを省庁横断で共有する「源内ライブラリ」も用意する。
特徴的なのは、AIの専門家だけでなく、一般の政府職員が自らの業務に合わせてAIエージェントを作成し、改善できる環境を目指している点だ。
一方、AIエージェントは従来のチャットAIと異なり、ファイル操作や外部サイトへのアクセスなどを自律的に実行するため、新たなセキュリティリスクも生じる。デジタル庁は、利用者や管理者、開発者が守るべきルールをまとめた「源内基準」も策定した。
今回の発表資料から、政府が目指すAIエージェント活用の姿と、その安全性を確保する仕組みを明らかにする。
政府職員がAIエージェントを作成、複数の業務をまとめて実行
これまで源内では、文書作成や要約、翻訳などの用途に対応するAIアプリケーションを提供してきた。しかし、複数のファイルや大量のデータを扱う作業、インターネット検索を組み合わせた調査、行政固有の判断基準を伴う審査など、複雑な業務への対応には限界があったという。
こうした課題を解決するために導入するのが、AIエージェントを利用できる環境だ。
10月20日から各府省庁などへの順次導入を開始した「エージェントチャット」は、通常のチャットAIを発展させたもので、デジタル庁は「Claude Cowork相当」の環境と位置付けている。
利用者は自然言語で指示するだけで、複数のタスクをまとめてAIに実行させることができる。例えば、情報収集から整理、文書作成までの一連の作業をAIエージェントに任せ、結果をファイルやドキュメントとして出力することが想定される。
また、利用者自身がAIエージェント用のスキルを作成することも可能だ。従来のチャットAIが主に質問への回答や文章の生成を担っていたのに対し、AIエージェントは目的を与えることで複数の工程を連続して処理できる。政府のAI活用を、個々の作業の支援から業務プロセス全体の効率化へと広げる狙いがある。
プログラミングの知識がなくてもWebアプリを開発
もう一つの利用環境が、2026年12月頃までの導入を目指す「源内工房」だ。
デジタル庁は源内工房を「Claude Code相当」のAIエージェント利用環境と位置付けている。プログラミングの専門知識を持たない職員でも、自然言語による指示でWebアプリのプロトタイプを開発できることが特徴だ。
源内工房では、AIエージェントがファイル操作やコマンド実行、Webサイトからの情報取得などを、数十から数百ステップにわたって連続処理できるという。
また、複数のWebサイトを直接参照しながら情報を収集・比較・統合する「Deep Research」にも対応する。
例えば、複数の公開資料を調査して比較表を作成したり、定型的な業務を支援するWebアプリの試作品を開発したりする用途が考えられる。
従来、こうした業務システムの開発には専門的なITスキルが必要だった。しかし、源内工房では、実際の業務を理解している職員自身が必要な機能を考え、AIを使って形にすることを目指す。
ただし、自然言語でアプリを開発できることと、安全に運用できることは別の問題だ。AIが生成したプログラムの品質や、取り扱うデータの安全性を確認する仕組みも重要になる。
ベテラン職員のノウハウを「スキル」に変換、省庁を越えて共有
今回の構想で注目したいのが、AIエージェント用のスキルを政府全体で共有する「源内ライブラリ」だ。
デジタル庁は、職員が長年の経験を通じて身につけた業務手順や判断基準などを、AIエージェントが実行できる「スキル」として可視化する仕組みを構想している。
ここでいうスキルとは、単なるプロンプトではない。業務手順、判断基準、参照資料、関連データ、確認方法、出力形式、例外処理などを、AIエージェントが実行可能な形にまとめたものを指す。
職員が作成したスキルは源内ライブラリを通じて共有でき、同じ部署の同僚や後任者だけでなく、他省庁の職員もダウンロードして再利用・改良することが可能だ。
例えば、ある部署で作成した資料の確認手順や情報収集の方法をスキル化すれば、ほかの部署でも同様の作業に活用できる可能性がある。
行政業務では、担当者の経験や知識に依存する作業が少なくない。異動や退職によって業務ノウハウが引き継がれにくくなることも課題となる。
源内ライブラリは、こうした個人の経験に蓄積された「暗黙知」を、再利用可能な「形式知」に変換し、政府全体の「集合知」へと発展させる仕組みといえる。
AIエージェントの導入による作業時間の短縮だけでなく、業務品質の均一化やノウハウの継承にもつなげようとしている点が特徴だ。
AIエージェントの暴走をどう防ぐ? 「源内基準」で利用ルールを明確化
AIエージェントの利用範囲が広がるほど、重要になるのが安全性の確保だ。
従来のチャットAIでは、誤った回答を生成する「ハルシネーション」などが問題となってきた。一方、AIエージェントはファイルの操作や外部サイトへのアクセス、コマンドの実行なども行うため、誤った判断が実際の処理につながる可能性がある。
デジタル庁はこうしたリスクに対応するため、AIセーフティ・インスティテュート(AISI)の協力を得て、「ガバメントAI 源内 ガバナンス・セキュリティ・セーフティに関する基準」(源内基準)を策定した。
源内基準は53ページに及び、政府職員などの「利用者」、各府省庁の「管理者」、源内の「開発者」それぞれに求められる責務や遵守事項を定めている。
利用者に対しては、AIの出力を無条件に信用せず、人間が適切に確認・判断する「ヒューマン・イン・ザ・ループ」の確保を求める。
また、AIエージェント特有のリスクとして、外部から取得した情報に悪意ある指示が埋め込まれる「プロンプトインジェクション」にも注意を促している。例えば、AIエージェントが参照するWebページや文書に不正な指示が含まれていた場合、本来の利用者の意図とは異なる処理を実行してしまうおそれがある。
AIに幅広い処理を任せる一方、重要な操作については人間の確認を介在させ、利用者の権限やシステム側の機能制限によってリスクを抑えることが基本となる。
さらに、管理者には利用状況や費用の把握、安全管理措置の実施を求め、開発者には権限の分離、変更管理、脆弱性への対処、監査証跡の確保などを定めている。
AIエージェントを安全に活用するには、利用者の注意だけでなく、システムの設計や組織的な管理を組み合わせる必要があることを示している。
2027年2月にOSS公開へ、自治体や民間企業への展開も視野
デジタル庁は、今回導入するエージェントチャットと源内工房について、2027年2月頃を目途に「源内OSS Ver.2.0」として公開する予定だ。
商用利用が可能なライセンスの下、誰でも利用・改変・再配布できる形で無償公開する方針で、地方公共団体や民間企業などでの活用も想定している。
また、源内基準についても、AIエージェントの導入を検討する自治体や企業が、安全性の確保と効果的な活用を両立するための参考になるとしている。
これらの取り組みには、政府が自らAIエージェントを利用するだけでなく、そこで得られた技術や運用上の知見を外部に広げる狙いがある。
なお、2026年度は全府省庁を対象とする実証事業を進め、費用対効果やAIモデルの性能などを検証した上で、2027年度以降の本格利用開始を検討する計画だ。
約18万人という利用対象の規模は大きいが、現時点ですべての政府職員がAIエージェントを利用しているわけではない。
今後は、どのような業務でAIエージェントが使われ、どの程度の省力化や品質向上につながるのかが焦点となる。特に、職員自身によるスキルの作成と省庁横断での共有が定着するかどうかは、政府のAI活用が個人の生産性向上にとどまらず、組織全体の業務改革へと発展する上で重要なポイントになりそうだ。



