猫を飼っている人の多くが抱くであろう、「なぜうちのネコはごはんを完食しないのか?」という素朴な疑問に対し、「匂い」が深く関わっていることを岩手大学の研究グループが突き止めた。この研究成果は、ネコの摂食行動の理解を深め、食欲が低下したネコへの新たな給餌戦略や、ペットフードの設計への応用につながることが期待される、としている。

  • 今回の研究成果の概要 出所:岩手大学ニュースリリースPDF

    今回の研究成果の概要 出所:岩手大学ニュースリリースPDF

ネコは一般に、1日に何度も少量ずつ餌を食べる「少量頻回摂食」を示すことが知られている。この研究は、ネコ特有の摂食行動の背景に、嗅覚による感覚的な調節機構が大きく関与している可能性を初めて実験的に示したものだという。

岩手大学農学部の宮崎雅雄教授、高橋巧大学院生らの研究グループによる研究成果。同研究の論文は、オランダの学術出版社エルゼビアが発行する「Physiology & Behavior」電子版に日本時間4月1日付で早期公開されている。

研究成果のポイント

  • ネコは同じエサを繰り返し与えられると、摂食量が徐々に減る(嗅覚順応)
  • 異なるエサや新しい匂いを提示すると、再び摂食量が増える(脱順応)
  • エサそのものを変えなくても、「匂い」だけの変化で摂食量が回復する
  • 同じ匂いをかぎ続けると、その後の摂食量が低下する
  • ネコの少量ずつ何度も食べる行動に、嗅覚による調節が関わることを初めて実験的に示した
  • 実験4と実験5(後述)で使用した、上下二層に分かれた特製の餌皿 出所:岩手大学ニュースリリースPDF

    実験4と実験5(後述)で使用した、上下二層に分かれた特製の餌皿 出所:岩手大学ニュースリリースPDF

ネコがエサを食べ残す姿は、(筆者も含め)多くの飼い主にとって見慣れた光景で、その理由は「野生時代の本能によるもの」、「もともと少食だから」、「気まぐれだから」などと説明されてきたが、なぜそうなるのかといった詳細については、これまでよく分かっていなかった(飼い主によっては食べ残しをどう処分したものか、困る向きもあったかもしれない)。

今回の研究では、ネコの摂食量は同じエサを繰り返し与えると徐々に低下するが、異なるエサを示すと摂食量が再び回復することを確認。さらに、実際にはエサそのものを変えなくても、匂いだけ変えることで摂食量が回復することが分かり、食事の合間に同じエサの匂いを嗅がせ続けて摂食量が低下しても、別のエサの匂いを嗅がせることで防げたという。

こうした結果は、「ネコが食べるのをやめる理由」が単なる満腹だけではなく、同じ匂いに慣れることで食欲が一時的に低下し、新しい匂いによって再び食欲が引き起こされることを示している。研究グループは、ネコの摂食行動を調節しているのは「匂いへの慣れ」(嗅覚順応)とその解除であることが明らかになった、としている。

研究の背景

同じ食肉目に属するイヌとネコだが、イヌは一度に多くの食事を摂る傾向がある一方で、ネコは1日に複数回に分けて少量ずつ食べるというように、その摂食行動には大きな違いがある。

ネコ特有の摂食様式は、野生祖先であるリビアヤマネコが小型の獲物を何度も捕食する生活様式に由来すると考えられているが、「ネコがなぜ食事の途中で食べるのをやめるのか」については、これまで明確な説明がなかったという。

一般的には、「満腹感などの生理的要因」が食べるのをやめる主因と考えられてきたが、ネコは空腹状態であっても食べ残すことが多く、単純なエネルギー制御だけでは説明できないとされてきた。

人間は、同じ食べ物の匂いに繰り返しさらされるとその魅力が低下する「感覚特異的飽和」が知られている。ネコは他の食肉目の動物と同様に、嗅覚に強く依存する動物であり、匂いが食物の選択や評価において重要な役割を果たしているが、ネコも人間と同様に感覚特異的飽和によって摂食行動に影響が出るかどうかは不明だった。

そこで研究グループは、ネコが食べるのをやめる行為に、同じにおいに慣れてしまう「嗅覚順応」が関わっているかどうか、行動実験によって調査した。

研究成果1:同じエサを与え続けると食べる量が減少、エサの種類を変えると減りにくくなる

まず、12匹のネコを対象に10分間エサを与え、その後10分間空の皿だけを置く操作を1サイクルとして、計6サイクル行った。

実験1でネコに同じエサを繰り返し提示したところ、摂食量は回を重ねるごとに有意に減少。一方で、実験2で異なる種類のエサを順に提示した場合は、摂食量の低下が大幅に緩和され、総摂取量が増えた。これは、同一の匂いに対する嗅覚順応が生じ、エサの魅力が低下したことを示しているという。

  • 実験1と実験2の概要。グラフは給餌サイクル(回数)を横軸に、摂食量(g)を縦軸にとっている(以下同) 出所:岩手大学ニュースリリースPDF

    実験1と実験2の概要。グラフは給餌サイクル(回数)を横軸に、摂食量(g)を縦軸にとっている(以下同) 出所:岩手大学ニュースリリースPDF

研究成果2:新しいエサを与えると、食べる量が再び増える

次に、12匹のネコに同じエサを5回繰り返し与えて摂食量を低下させた後、6回目に別のエサへ切り替え、食べる量が回復するかを検証した(実験3)。新しいエサを提示すると、エサの嗜好性に関わらず摂食量が回復しており、新しい刺激による脱順応が起きたことを示しているという。

  • 実験3の概要。黒い点は各ネコのデータ、箱は全体のばらつきを表す。**は、Holm法による多重比較補正を適用したウィルコクソンの対応のある検定結果(p<0.005)を示す 出所:岩手大学ニュースリリースPDF

    実験3の概要。黒い点は各ネコのデータ、箱は全体のばらつきを表す。**は、Holm法による多重比較補正を適用したウィルコクソンの対応のある検定結果(p<0.005)を示す 出所:岩手大学ニュースリリースPDF

研究成果3:エサを変えずに、新しい匂いだけで食べる量が回復する

上下二層に分かれた特製の餌皿を用いて、ネコが上段のエサを食べながら、下段のエサの匂いも同時に感じられるような仕掛けを施して実験を行った。上段にはネコが実際に食べるエサを入れ、下段には匂いだけが上に届くよう別の区画を設けている。

実験4では、上段と下段の両方に同じエサを入れ、12匹のネコに6回提示したところ、摂食量が低下。一方、実験5では最初の5回で上下段ともに同じエサを提示し、6回目だけ下段のエサを別のエサに変えたところ、上段で食べる量が再び増えた。

この結果は、実際に食べるエサそのものを変えなくても、新しい匂いを加えるだけで摂食量が回復することを示しており、ネコの摂食行動の変化は「味」や「栄養」ではなく、「匂い」という感覚情報によって大きく制御されていることが明確に示されたとのこと。

  • 実験4と実験5の概要 出所:岩手大学ニュースリリースPDF

    実験4と実験5の概要 出所:岩手大学ニュースリリースPDF

研究成果4:同じ匂いを嗅ぎ続けると食べる量は減るが、別の匂いではその低下が抑えられる

各回の給餌のあいだの休止時間(10分間)に、穴の開いたふた付き容器を用いてエサの匂いだけを提示した。

12匹のネコに同じエサを繰り返し与えるときに、実験6では給餌の合間にも同じエサの匂いを嗅がせ続けると、その後の摂食量は、匂いを提示しない場合よりも低下した。一方、実験7で、給餌の合間に提示する匂いを別のエサのものに変えると、実験6と比べてその後の摂食量が高く保たれた。

これは、同じ匂いへの持続的な曝露が食欲を抑制し、新しい匂いがその影響を和らげることを示しているという。

  • 実験6と実験7の概要 出所:岩手大学ニュースリリースPDF

    実験6と実験7の概要 出所:岩手大学ニュースリリースPDF

まとめと今後の期待

今回の研究では、ネコの摂食行動が単なる生理的な満腹感ではなく、「嗅覚順応と脱順応」という感覚的メカニズムによって動的に調節されていることが明らかになった。

ネコはこの仕組みによって、同じエサを食べ続けることで生じる感覚的な飽き(順応)と、新しい刺激による食欲の回復(脱順応)を繰り返しながら、1日の中で複数回の食事を行っている、と考えられている。

この研究成果から、ネコの行動を「匂い」という視点から理解することで、食欲低下を示すネコへの新たな給エサ戦略の開発や、高齢ネコや病気のネコの栄養管理の改善、ペットフードの開発における嗅覚設計の高度化、ネコの生活の質(QOL)の向上といった、より科学的根拠に基づいた飼育・医療・製品開発への展開が期待されるとしている。