
「日本から世界と肩を並べるようなAI企業を」─。2023年創業のSakana AIは三菱UFJフィナンシャル・グループのような日本の大企業の他、米グーグルや米エヌビディアといったテック企業からの出資を受けるなど、世界的に注目されている企業。創業者の1人であるデイビッド・ハ氏は「日本に才能のある人材を集めたい」と話す。もう1人の創業者である伊藤錬氏は「AI×各産業」を掲げ、他の大手と一線を画すAIの社会実装を進める。
「日本最速ユニコーン」として
─ Sakana AIは2023年の創業でありながら、日本最速でユニコーン(時価総額10億ドル以上)となり、足元の企業価値が4000億円となるなど注目されていますね。起業の動機から聞かせて下さい。
ハ 私は、世界と肩を並べるようなAI企業を、日本で創りたいと考えました。現在は米中が二極化している図式に見えますが、私はそのあり方に違和感を覚えています。日本なら、米中どちらでもない独自のアプローチで「第3の道」を切り拓くポテンシャルが十分にあるはずです。
─ それが日本で起業をした理由だということですね。
ハ そうです。私自身、日本文化が好きで、幼少期から日本の漫画などに触れてきました。思い出してみると、当時は世界中の人が日本のことを話題にしていたんです。
世界の人々の間で「日本にこんな面白い企業があるのか」と話題になるような企業、グローバルなディスカッションの中に登場する企業になることが大事だと思っています。
もう1つ、我々は日本で、国内外からリサーチャー、エンジニアなど、多くの才能ある人材を集めています。グローバルで戦っていけるような第一級の人材を日本に集めて、ビジネスをする。
このことは我々の会社にいい刺激と影響を与えています。日本のエコシステムにグローバルな風を吹き込むことにも挑戦しているんです。
─ 伊藤さんは共同創業者ですが、どういう意識で経営に当たっていますか。
伊藤 革新的な研究やビジネスが日本からも生まれることを証明したいと考えています。世界と日本の第一線で活躍する人材を東京という場所に集めて結びつけ、ユニークな成果と組織を生み出す。これが、デイビッドと私のマネジメントのビジョンです。
また、私は日本の競争力を高めるための「AI×各産業」という視点を重視しています。高性能な大規模言語モデルを開発したり、AIで数学の難問を解いたりすること自体が目的なのではありません。
「AI×金融」「AI×製造業」という形で、日本の強みである各産業をAIの力で強くすることにこそ価値があります。AIが目的なのではなく、あくまで日本の産業競争力を引き上げるための手段であるというのが私たちの考え方です。
─ 「AI×各産業」は非常に重要なキーワードですね。最初に手掛けたのは金融、三菱UFJ銀行でしたが、この理由は?
伊藤 私たちがAIを展開していきたいのは、社会を変える大きなポテンシャルを秘めたデータが存在する場所です。その意味で銀行をはじめとする金融業界には魅力があります。
また、リソースを投下する以上、社会的なインパクトを最大化したいという思いもありました。特定の個人向けのモデルを作るのも、銀行の基盤となるモデルを作るのも、開発には同様に大きなコストを要します。
そうであるならば、やはりインパクトが出た方がいい。経済的なインパクト、銀行を通じて広く産業界に影響を及ぼすことができるという意味でも大きいと考えました。
さらに、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の亀澤宏規社長の存在は非常に大きかったですね。ビジョン、合理性、先見の明、実行力のあるリーダーで、こういう方から声をかけられていなければ、今回の話は前に進まなかったのではないかと思います。
─ 亀澤さんはAIに対する理解が深いと。
伊藤 そうです。やりたいことが明確ですし、AIの本質についても深く理解されています。当社のエンジニアも、三菱UFJ銀行の方々と仕事をするのを非常に楽しんでいますね。非常にいい関係性ではないかと思っています。
─ 今、メガバンクも変革を進めていますが、伊藤さんの立場で提言しているわけですか。
伊藤 私としては、社内外が「変わった」と実感できる形にしましょう、というお話をさせていただいています。単に少し効率化した、コストが減ったというより実感が大事だと思っているんです。まずはAIを使って、本当に意味のあるものを社内に見せることが第一のステップです。
そして第二のステップとして、銀行のお客様に「銀行のサービスはAIでこんな風に変わるんだ」と感じてもらうことです。ですから私は「実感」という言葉を繰り返しお伝えしています。
金融、防衛、製造業、日本の課題解決に貢献
─ 今後は手掛ける領域を広げていくわけですか。
伊藤 そうです。順番としては金融、防衛、製造業という流れで進めていきたいと考えています。これらの分野は全て、日本の課題解決に直結しています。
防衛に関しては、言うまでもなくAIが国産であること自体に大きな意味があります。ここでは2つの領域に力を入れています。1つは、SNSなどでの情報操作による認知戦の対策。
もう1つは、無人機などにAIを搭載することを含む指揮統制システムという情報基盤の取り組みです。
こうした取り組みに対して応援団も増えてきました。金融ではMUFGさんや三井住友銀行さんに加え、スペインのサンタンデール銀行も投資してくれました。彼らは日本の金融AIの進展を見て、「日本のメガバンクのようになりたい」と我々に接触してきたのです。
日本の金融現場での取り組みが、外資系銀行にも評価されたというのは一つの勲章だと思っています。
また防衛に関しても、研究成果を発表した結果、CIA(米中央情報局)の投資部門が出資を決めてくれました。これは米国の専門機関が我々の技術を認めてくれたという意味で非常に大きいと思っています。次は製造業への取り組みも進めていきます。
─ 金融、防衛は日本の課題と言われてきましたが、AIによる強化の時を迎えているということですね。
伊藤 先程の「AI×各産業」でいうと、第一の金融は、日本が再び経済大国になるために不可欠ですが、金融だけでもAIだけでも不十分です。やはり「金融×AI」という掛け算でなければいけない。第二の防衛も、多方面で日本の基盤強化につながると考えています。
そして、こうしたAIを「ソフトパワー」とする考え方が重要です。日本が作るAIを、世界中の国々が「使いたい」と思ってくれるかどうか。かつて、米国はインターネットを開発し、SNSを普及させ、世界が欲しがるインフラを作り上げました。
今、AIの時代において「どの国の技術を選ぶか」が改めて問われています。まだ米中の二択に決まったわけではありません。日本が、それぞれの国に寄り添ったAIを提案できるかが大事になります。
─ その意味で、日本にはそのAIを提供する力があるということですね。
伊藤 そうです。それが米国でも中国でもない、日本が歩むべき道です。新しい時代のソフトパワーは、世界が日本のAIを欲しがるかどうかにかかっています。
─ 日本にはその潜在力があると。
伊藤 ただ、米中と同じことをやっていては実現できません。今、「日本のAIに可能性がある」という話をすると、多くの方は「OpenAIよりもすごい会社になることができるんですか」と言われます。
それに対して私の答えは、モデルの性能だけで見ればそうはなれませんし、なる必要もないというものです。先程お話したように、同じことをやったら勝てないんです。ですから違うことをやらなければなりません。
大きいモデルではなく小さなモデル、事前学習ではなく事後学習といった形です。そして何より、OpenAIのように、汎用的モデルをつくるのではなく、MUFGなど個別企業に最適化したモデルどころかソリューションをしっかりつくるというのが我々が目指すところです。
日本から世界を狙える企業に
─ ところで、伊藤さんは元々外務省の出身ですが、スタートアップの世界に身を投じるきっかけは何でしたか。
伊藤 まず外務省に入ったのは、高校、大学時代に世界史と地理が好きで、自分の興味の延長線上に外務省しかなかったというのが理由です。
海外の大使館勤務が好きだったのですが、当時は自分のことを「特ダネ記者」だと思って仕事をしていました。「外交公電」で誰よりも早く特ダネを取ることを常に意識していたんです。
この仕事の仕方は今も変わっていません。当社では、エンジニアも含めた全社員が、日々の気づきや外部とのやり取りを言語化した、いわば「取材メモ」を書いています。私の役割は新聞社の「デスク」のようなもので、皆が上げてくる生の情報に目を通すことで、技術や世の中が動く方向性を読み解いています。
私は元々はAIの専門家ではありませんから、AIの専門家たちが表や裏でも何を言っているかを大量の取材メモを基に分析し、真実はこちらの方にありそうだという形で会社を方向付けています。
─ それが伊藤さんのマネジメントスタイルなんですね。
伊藤 そうです。今のモデル作りの方針「AI×各産業」という戦略も、日々集まってくる取材メモから導き出した方向性です。
外務省からスタートアップの世界へ転じたのは、外交の最前線にいても、テクノロジーが社会や国力に及ぼす影響が格段に大きくなっていると痛感したからです。日本で起業した理由もデイビッドと同じです。トヨタ自動車やソニー以来、日本から世界を獲りに行くような企業が長らく出ていない。
それなら「自分たちがやってやろう」という思いがありました。
デイビッドとは、彼がゴールドマン・サックス証券、私が外務省で働いていた時に東京で知り合って以来の仲です。40歳を過ぎてから、「親友」と呼べる相手に出会えるとは思っていませんでした。彼と共に、世界を変える企業を作り上げたいと思っています。

