水素活用においては、どうやって水素を作るのか? という点に注目が集まりやすいが、実際に社会インフラとして活用するためには、「どう運び、どう貯め、どう安全に扱うか」を考える必要がある。

液体水素(液化水素)は、気体水素に比べて体積を大きく縮めることができるため、一度に大量に運ぶことを可能とする有力手段である一方、一般的なLNG(液化天然ガス)のマイナス160℃程度からさらに100℃ほど低いマイナス253℃という極低温環境で運用する必要や漏洩リスク、極低温環境という特殊な状況に伴う材料の脆化など、“扱い”の難しさを内包している。

では、その“扱い”は何によって成立するのか。タンクや輸送船といった巨大設備だけではない。実際には、ポンプ、バルブ、センサー、配線・接続、そしてタンク内外で信号や電力をやり取りするための気密端子など、無数の部品がすべて液体水素に対して問題なく利用できるという確認ができて初めて「液体水素を扱える」状態が生まれる。

京セラは、2024年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で5MPa(およそ50気圧)を超す圧力の液化水素流通環境下での高い気密性を有する液体水素用ハーメチックシール(気密端子)を開発したことを発表。その後、2025年12月にさらなる共同研究成果として、液体水素環境において耐久性と気密性を確保するとともに高電流に対応した100A対応の「電流導入端子」と、コネクタ全体で最大110Aまで対応するハーメチックシールコネクタ「MS-8ピン端子」の2製品を開発したことを発表するなど、部品から液体水素社会の実現を支援するという発想を体現する取り組みを進めてきた。

  • 「電流導入端子」

    液体水素環境下での利用が可能な100A対応の「SMA電流導入端子」 (編集部撮影)

  • 「MS-8ピン端子」

    液体水素環境下での利用が可能なコネクタ全体で最大110Aまで対応するハーメチックシールコネクタ「MS-8ピン端子」 (画像提供:京セラ)

2016年から続けてきた共同研究 - 「超高真空の延長」では通用しなかった極低温の世界

京セラはもともと、超高真空向けハーメチックシールで実績を持つ。セラミックと金属の接合を基盤に、高い気密性(漏れ量を極小化する技術)を追求してきた。しかし、液体水素は、真空の延長線としての高気密性の確保だけでは対応できない世界であることも研究開発を通して見えてきた。極低温による脆化に加えて、水素という極小分子/原子が金属材料の内部に侵入して強度を下げる、いわゆる水素脆化など、材料を取り巻く課題がまったく異なっていたためだ。

京セラで長年にわたって液体水素の取り組みを行ってきた同社ファインセラミック事業本部 FC経営企画部 FCビジネスディベロップメント2部 BD-4課責任者の後藤愛氏は「超高真空の部品を液体水素に浸したら壊れたという話をJAXAから受けたこともある」と、液体水素にはそれ専用に部品を開発する必要性があることを強調する。

  • 後藤愛氏

    左がファインセラミック事業本部 FC経営企画部 FCビジネスディベロップメント2部 BD-4課責任者の後藤愛氏、右が同ファインセラミック事業本部 FC経営企画部 FCビジネスディベロップメント2部 BD-3課 シニアエキスパートの吉住浩之氏(同氏は2026年3月をもって定年退職をされた)。後藤氏が手にしているのが2024年開発のMS-10ピン端子で、2024年に高圧ガス保安協会に対する例示基準外申請に国内で初めて合格し、高圧ガス設備への適用が認められた。一方の吉住氏が手にしているのが、今回新たに開発した電流導入端子 (編集部撮影)

まず「見える化」を成立させた2024年

2024年に開発された液体水素用ハーメチックシールは、液体水素貯蔵タンクなどの内部の状態を把握するセンサーをタンク内に入れて、信号をタンクの内外でやり取りするための水素が漏れない端子であった。これは、本質的に液体水素を安全に扱うための“見える化”を部品で成立させるためのモノであったと言える。

見える先にあった「動かす力」への対応

液体水素の運用が“見える”ようになると、次に現場で問題になるのが「動かす」ための仕組みへの対応となる。

具体的には貯蔵タンクの中に液体水素を吸い上げる電動ポンプを入れて、貯蔵船から地上のタンクへと送るといった使い方などが考えられているが、そうしたポンプ駆動のために高い電流値に耐えられる安全な端子が求められていたという。

タンク内の液体水素に対するポンプ駆動を成立させる必要があるため、必然的に端子も液体水素の傍か、内部に浸された状態になる。そうした極低温環境下においても脆化などの影響が生じずに安全に利用できるのかを念頭に開発が進められてきた。

そうして開発されたのが高周波を流せるSMA同軸電流導入端子と、大電流対応のハーメチックシールコネクタのMS-8ピン端子で、実証実験をJAXAの能代ロケット実験場にて行い、液体水素環境下で問題なく使えることを確認したものとなる。その信頼性を担保にJAXAの再使用型ロケット開発のための小型実験機「RV-X」にも活用されているという。実際に液体水素の実環境にて試験が行われた部品が、高い信頼が求められるロケットにも活用されているという価値は、社会で液体水素を活用するうえでも安全を担保するという面で重要な意味を持つことになる。

モビリティやエネルギー以外の分野からも注目される液体水素

水素の社会実装の動きが加速するにつれ、これまでの燃料電池車やLNG代替の発電以外の用途への液体水素の適用も期待されるようになってきた。例えば、低温工学・超電導学会では核融合技術や高温超伝導などにおいて冷熱源としての液体水素利用の可能性が検討されるようになっているという。

また、昨今の米国とイスラエルによるイラン紛争で一大生産地であるカタールからの供給不安が生じている「ヘリウム」の代替として、水素ガスがガスクロマトグラフにおけるキャリアガスや半導体や真空装置などの漏れ試験のサーチガスなどとしての利用も期待されるなど、幅広い分野での活用が世界的に見えてきており、各国がそれぞれのスタンスで水素活用に向けた動きを見せている。

「例示基準外材料」という制度の壁を越えて高圧ガス設備への使用適合が可能に

液体水素を活用する難しさは、温度や材料だけでは終わらない。同社が2024年にJAXAの小林弘明教授と開発した計測・制御用途向けの液体水素用ハーメチックシールコネクタ「MS-10ピン端子」にはセラミックとFe-Ni-Co合金が用いられているが、セラミックは高圧ガス保安法に既定がない「例示基準外材料」であり、そのままでは広く活用することが難しかった。

そこで同社は液体水素に対する材料の基礎評価や製品を用いた実証実験などを行った結果を用いた独自の耐圧強度計算の要件を明確化することで、安全性を立証。求められる高圧ガスの基準を満たせるとして、高圧ガス保安協会に対する例示基準外申請に合格し、高圧ガス設備への使用適合を可能とした。実際に、JAXAの能代ロケット実験場の高圧設備の一部としても活用してもらっているという。

現在はMS-10ピン端子だけだが、「今後のニーズがあれば、ほかのピン数の製品にも展開できると思っている。ただし、それぞれの端子ごとに認証を得る必要があるため、ある程度の時間がかかることは理解してもらいたい」(後藤氏)と、順次製品化を進め、2030年ごろには同社が提供している超高真空用部品のカタログのように、品数をそろえた状態での提供に漕ぎつけたいとしている。

一般社会での水素活用に向けて高品質と安全を打ち出す

これまでのJAXAとのおよそ10年にわたる共同開発を通じて京セラとしては、「一般的に(日本国内で)液体水素を活用しようと思ったときにクリアする必要のある基準はほぼクリアできた」(同)と語る。

また、「実証試験などをしないで、とりあえず使えているからそのまま使っている状態が続けば、何らかの大きな事故が起こり、水素を使うのは危ないというイメージが生じかねない。そのためには、液体水素環境でも安全に使える製品があることをアピールしていく必要がある」と、後藤氏は水素を活用するうえで安全性を担保する重要性を強調するほか、防爆規定への対応や海外の規制への対応なども進める必要があるとしながらも、日本で液体水素で安定して使用できる端子が登場したというリリースを見た海外企業からの問い合わせもあったとのことで、海外の水素サプライチェーンで活用してもらうためにも、高い品質と安全が担保されていることを知ってもらう必要があるとしており、京セラとしての水素活用の啓蒙とビジネスとしての活用に向けた整備を進めていきたいと今後の方向性を語る。

まだまだ、なにから作るのかの議論が先行しがちな水素だが、広く社会に実装するための成否を左右するのは、実際にそうやって作られた水素を扱うための安全が確認された技術の積み上げであろう。京セラのこれまでのJAXAとの取り組みは、その核心が部品の実証にあることを示していると言えるだろう。