東京大学(東大)は3月3日、物質の最小の構成要素である量子に対して成り立つ熱力学の枠組みにおいて、対称となる量子状態の詳細に一切依存せず、最適な仕事の取り出し性能を達成する単一の熱力学的な操作が存在することを証明することに成功したと発表した。
同成果は、東大大学院 総合文化研究科の渡邉開人大学院生、同・髙木隆司准教授の研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のオンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
量子とは、「物理量がとびとびの値(量子化された値)を持つ最小単位の振る舞い」を指す概念的な言葉だ。電子やクォーク、光子などの素粒子を指すイメージが強いが、必ずしも素粒子だけを指すわけではなく、クォークが複合した陽子や中性子などの核子、さらにはそれら核子と電子が集合した原子、原子が複数集まった分子なども、条件さえ整えば量子として振る舞うことが知られている。
この量子を活用する技術の代表例が量子コンピュータであり、近年ではそれに加えて量子センシングや量子通信などの量子デバイスの実現に向け、量子系の中でもナノスケールのレベルで状態を精密に制御する技術の研究・開発が世界中で活発に行われている。
しかし、より高性能な量子制御を実現するためには、ナノスケールの量子系がどのような熱力学の法則に支配されているのかを詳しく理解することが不可欠だ。量子系の熱力学の枠組みにおいて、与えられた量子状態から取り出せる仕事の原理的な限界を特徴付けることは、エネルギー効率の極限を追求する上で最も重要な問題の1つと考えられている。
量子状態から取り出しうる仕事量の原理限界については、これまで数多くの研究がなされてきた。だが、その大半は実験者が与えられた量子状態についての完全な情報を持っているという仮定の下で解析が行われてきたのが実情だ。
ところが実際には、量子状態は環境から未知のノイズの影響を受けるため、初期状態の完全な情報が常に手に入るとは限らない。また、量子状態の完全な情報を手に入れるためには、莫大な回数の測定を行う必要がある。それにも関わらず、大半の先行研究ではこうしたコストについては考慮されていなかった。そこで研究チームは今回、与えられた量子状態に関する情報がまったく与えられていないという状況下において、どれだけの仕事を取り出すことができるのかを解析したという。
そして解析の結果、まったく未知の量子状態に対しても、同じ状態が多数用意されている状況(コピー多数の状況)においては、必ず最適な仕事の取り出しが達成できる「ユニバーサルな仕事の取り出し操作」が存在することを構成的に証明することに成功した。この操作は、与えられた量子状態によらずに設計されているにも関わらず、どのような未知の量子状態に適用しても、あたかもその状態を熟知していたかのように最適な仕事の取り出しを達成することが可能だとする。
今回の研究成果は、量子系の熱力学において、最適な仕事の取り出しを達成するために初状態の情報は一切必要でなかったことを示唆している。情報理論において、中心的な概念である「知っている」と「知らない」の違いが、熱力学極限における仕事の取り出しでは現れないことが示されたとした。
今回の結果は、量子系の操作に必要不可欠な量子系の熱力学の理解を進展させることが考えられるとする。加えて研究チームは、量子系の熱力学を超えたさまざまな量子情報処理を、与えられた量子状態や量子プロセスの事前知識なしに最適に行うことができる可能性も示唆しており、今後の研究の発展に寄与していくことが期待されるとしている。
