テルモ社長CEO・鮫島 光「医療機器単体の開発・販売から、 医療現場の課題を解決する企業へ」

CVCを立ち上げた理由

 ─ 主力事業としては3つの領域がありますね。

 鮫島 ええ。当社は3つのカンパニーで事業を展開し、160以上の国や地域で、患者さんと多様な医療現場、製薬企業などに5万点を超える製品やサービスを届けています。

 1つ目の「心臓血管カンパニー」はカテーテルなどを手掛け、当社の売上高の約6割を占めています。2つ目の「メディカルケアソリューションズカンパニー」は当社の祖業である体温計を含めた、日々病院で使われる医療材料などを提供していく事業です。これが約2割です。3つ目が「血液・細胞テクノロジーカンパニー」です。輸血関連や血液製剤関連のビジネスを指し、これが残りの2割です。

 ─ 創薬という領域にまで踏み込む可能性はあるのですか。

 鮫島 今時点では、当社自身は新薬の製造といった創薬の領域に関わってはいません。ただ新薬開発を行う製薬メーカーさんとの提携事業として、医薬品開発製造受託(CDMO)と呼ばれる事業を行っています。

 ─ そういう意味では、協業や提携という取り組みが大事になってくるわけですね。

 鮫島 はい。メディカルケアソリューションズカンパニーではCDMO事業が成長ドライバーとなっていますし、血液・細胞テクノロジーカンパニーの中にも、血液製剤などを取り扱う製薬メーカーさんとの協業の事業があります。

 ─ 企業同士をつなぐという提携が今後の産業界における1つのキーワードになると思うのですが、その場合の提携先はスタートアップやITの業種なども含むということですか。

 鮫島 そうですね。医療機器業界においては、もはやスタートアップから革新的な技術をどう導入していくかが極めて重要な戦略のオプションになってきています。(メディカル=医療とテクノロジ―=技術を組み合わせた)メドテックの場合は、やはりイノベーションが米国から起きてくることが多いのです。

 そこで当社も一昨年、初めてコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)「テルモベンチャーズ」を米国で発足させました。既にかなりの数のスタートアップをスクリーニング(選抜)して、現時点では6社のスタートアップに出資をしています。

 そのうちの1社が実は先般買収を発表した英国のオーガノックスという会社になります。テルモベンチャーズがマイノリティ出資を検討する中で、面白い会社だなと興味を持ちました。

臓器移植関連の英国企業を買収

 ─ オーガノックスのどんな点に魅力を感じたのですか。

 鮫島 オーガノックスは、臓器提供者(ドナー)から摘出した移植用の臓器を保存する臓器保存デバイスを手掛けている会社になります。臓器移植の際には、ドナーさんからいただいた臓器をクーラーボックスのような冷蔵容器に入れて、手術を行う医療機関まで運ぶことが、これまで一般的でした。冷蔵容器には基本的には氷が入っているだけなので、極めてプリミティブ(原始的)な方法なのです。

 ドナーさんから提供された臓器は、その瞬間から、どんどん劣化していきます。せっかくドナーさんの好意で臓器をいただいても、運んでいる途中に経時変化(時間の経過とともに物質や現象が変化すること)してしまうのです。ですから、患者さんのもとに届いたときには移植に適さない状態になっている、ということも起こり得ます。

 ─ もったいない話です。

 鮫島 ええ。そうなると、結局は移植を断念せざるを得ないケースもままあるのです。そこでオーガノックスはドナーさんの臓器に赤血球や栄養剤、そして薬剤を循環させて保存する「常温機械灌流」に取り組んでいます。臓器を体温に近い状態で灌流し、臓器の状態を評価・維持する技術です。

 現時点では肝臓を対象にした製品を提供しています。摘出後のドナーさんの肝臓にオーガノックスの装置をつないで灌流させると、患者さんのもとに運ばれている間もずっと酸素や栄養が供給され続けるので、肝臓機能が劣化しにくくなり、結果として移植に適さない臓器を減らすことができるのです。

           

      昨年、テルモが買収した英・オーガノックス社の臓器保存デバイス「metra」

 ─ テルモも持っていなかった技術だと?

 鮫島 はい。オーガノックスは常温での機械灌流システムを開発し、EU規則を遵守していることを示すCEマークとFDA(米国食品医薬品局)の承認を取得して欧米市場に提供しています。同社によって臓器移植の世界に画期的なイノベーションがもたらされています。

 それはこれまでのような冷蔵容器に入れて冷やして運ぶというコンベンショナル(伝統的)な世界から、機械につなげて常温で循環させながら運ぶという世界に移行しつつあるということです。この技術を使えば、臓器の使用率が高まるだけでなく、従来よりも長時間、臓器を保管することも可能になります。

 従来の冷蔵容器の場合は、とにかく時間との勝負となり、緊急手術になることが多かった。臓器を早く移植手術が行われる現場まで運ばなければなりませんでした。機械灌流技術でその必要がなくなると。このことは手術をする移植医にとっても大きなメリットがあります。

ビジネスの共通点は〝灌流〟

 ─ 時間的なストレスから解放されるということですか。

 鮫島 その通りです。移植手術はドナーさんのご遺族からの了承が必要な場合もあり、どうしても手術が始まるタイミングは真夜中になってしまうケースが多い。そのため、米国では移植医のワークライフバランスの確保が難しいという話を聞きます。それは日本でも同じで、移植医のQOL(生活の質)の向上が課題になっています。

 しかし、オーガノックスの技術を使えば、薬事登録上、米国では12時間、欧州では24時間、保管することが可能になっています。そうすれば、医師はより計画的にオペを始めることができます。したがって、オペ室の医療従事者にとっても、QOLの改善につながるのです。

 ─ 医療機器の世界での技術は日進月歩と言えますね。

 鮫島 ええ。こういった英語でperfusion(パフュージョン)と訳される血液を灌流させる技術は、実はテルモが人工肺の事業において長年にわたって取り組んできたことでもあります。体外式膜型人工肺と呼ばれる「ECMO」もそうです。

 ECMOは患者さんの肺が非常に重篤な状況になって、機能が低下したときに、患者さんの血液を体外に引き出し、血液のガス交換をして体内に戻すという医療機器です。その間、患者さんは自分の肺や心臓を休ませて回復を待つという治療になるわけですが、ここで行っていることがまさに灌流になります。

 オーガノックスも広い意味でのパフュージョンの技術の会社と言えます。ですから我々は同社を単なる臓器移植の会社とは見ておらず、パフュージョン技術の会社と見ています。将来のパイプライン(開発計画)の中には、実は移植とは別に、例えば慢性的に肝臓の調子が悪い患者さんにも活用させようと。

 ─ 灌流という切り口で見れば、事業領域が広がると。

 鮫島 そうですね。肝臓の状態が急速に悪くなることによって、非常にクリティカル(危機的)な状況に陥るケースがあります。オーガノックスの灌流技術をECMOの肝臓版のように使うことで、患者さんの血液を取り出して肝臓を休ませ、回復したら再び血液を戻すという治療も可能になるかもしれません。

 ─ 国内外でニーズがありそうですね。テルモはグローバルで事業を行っていますが、日本の位置づけはどうなりますか。

 鮫島 日本のマーケットで言えば、何もしなくても市場が右肩上がりで成長し続けていくというシナリオは期待しづらいということは事実でしょう。その分、今後も海外でどう伸ばしていくのか、どこの地域にフォーカスして事業を拡大していくのかをしっかり見極めることが、テルモの戦略にとって極めて重要になってくると思います。

 ただし、日本はそのままでいいのかというと、決してそんなことはありません。日本はやはり我々の本拠地ですし、ホームグラウンドです。テルモの強みは日本においては様々なところにタッチポイントやアクセスポイントを持っている点です。

 大学病院の医局だけではなく、薬剤部であったり、医療安全部であったり、1つの病院であっても様々な窓口との接点を持っているわけです。こうしたお客様との接点を活かすことで、国内でもまだまだ事業を伸ばすことができると考えています。

 例えば、テルモの事業領域をもう少し広く捉えて、病院経営の改善を支援するような取り組みもできるのではないかと思うのです。当社の製品を介して業務効率を改善したり、ミスを減らせるといったように、単に物を売るのではなく、視点を広げて医療現場の困り事を解決していく。これはテルモだからこそできることではないでしょうか。

医療機器を通じて困り事解決へ

 ─ ソリューション機能を提供していくようになると。

 鮫島 はい。ですから、2026年度を最終年度とする5カ年成長戦略「GS26」においても「デバイスからソリューションへ」という中長期のビジョンを掲げているわけです。ものづくりがテルモの競争力の源泉であることは、これからも変わることはありません。一方、いい製品ができたので買ってくださいという、いかにもメーカー目線だけだと限界があります。

 自分たちのつくった製品を通じて医療現場の課題や困り事をどう解決につなげていくか。その視点が大事になってきます。医療従事者だったり、患者さんの目線から見たときに、テルモの製品やサービスを使うとどんなメリットを享受できるか。そういう目線感で物事を捉えていこうと思っています。

 ─ 2024年度に売上高1兆円を達成しましたが、先人たちが積み上げてきた歴史があり、その上に新たな企業像をつくりあげていくわけですね。

 鮫島 おっしゃる通りです。先人たちが中長期目線に立ってリスクを取ってでも大胆な決断をしてきたからこそ、今のテルモがあります。そうでなければ、今でも体温計しか売っていない企業になっていたはずです。

 ─ 経営もつなぐと?

 鮫島 はい。私の責務は、テルモの紡いできた歴史をしっかりと次世代、次々世代につないでいくことにあると思っています。テルモの企業文化はパーパス・ドリブンです。医療を通じて社会に貢献することを個人プレーではなく、チームプレーで実現していく。それを重んじているのです。ですから、人と力を合わせながら1足す1を5以上にできるようなタイプの人が当社では活躍をしていますね。

【2026年をどう占いますか?】 答える人 塩野義製薬会長兼社長CEO・手代木 功