青や藍色の宝石として知られる「ラピスラズリ」。国内で初めてその産出を確認したと、国立科学博物館が2月27日に発表した。新潟・糸魚川市内の姫川支流で発見された鉱物を詳しく調べた結果、判明したもの。同館では「別の鉱物と誤認されたり、他から持ち込まれた石とみなされたりして、見逃されていた可能性がある。今後の発見が期待される」としている。
ラピスラズリは7,000年以上の歴史を持つ鉱物で、古代オリエントや中国、ギリシャ、ローマなどの遺跡、日本の正倉院宝物にも見られる。しかしその産地は世界的にもきわめて限られ、特に古代より宝石品質のラピスラズリ原石を供給してきたのは唯一、アフガニスタン東北部のみと考えられてきた。
日本国内での産出はこれまで知られていなかったが、糸魚川市内で拾われたラピスラズリは、2人の人物によって長年趣味として収集されてきた、地元の岩石(主に翡翠)の中に含まれていたとのこと。両氏の没後、翡翠などを扱う小滝物産がそれらの収集岩石をまとめて引き取ったところ、その中に青い石があったため、国立科学博物館で化学組成分析とX線解析を実施。その結果、ラピスラズリと判明したのだという。
調査を行った研究チームは、同館の理学研究部地学研究グループと以下の協力者で構成されていた。
- 国立科学博物館門馬綱一・松原聰・徳本明子・草葉陽子
- 研究協力者伊藤加奈子・伊藤大貴・今井裕之・下林典正
今回の資料は、小滝物産の代表・伊藤加奈子氏によってもたらされたもの。これまでにも翡翠中の新鉱物、「糸魚川石」、「蓮華石」、「松原石」の発見に関わっており、それらの原記載論文の共著者となっている。
糸魚川のラピスラズリは、姫川などの河床や海岸で見られる翡翠と同様に、蛇紋岩メランジュ中の岩塊(ブロック)として産出したものと考えられており、詳しい研究成果は2026年9月に行われる鉱物科学会総会で講演予定だという。
翡翠はかつて、日本国内では産出しないと考えられており、国内の遺跡から出土する翡翠製品はすべて大陸からもたらされたものとされてきた。しかし、昭和初期に糸魚川流域で再発見されたことをきっかけに、国内各地の遺跡から出土する翡翠製品は糸魚川産であることが判明。さらには、朝鮮半島へも大量に輸出されていたことが分かっている。
今回発見された中で、一番大きな直径約20cmの礫は、姫川支流の上流部の河床で採集されたものと考えられている。詳細な産地については「現在研究中のため明らかにできない」としつつ、2025年秋に伊藤加奈子氏の長男である伊藤大貴氏と地元の有志によって、採集地とされる周辺で2度の調査を実施。河床の様相は、融雪や洪水などによって激しく変化するため、調査時は目的の物は確認できなかったといい、引き続き現地調査を予定している。
ラピスラズリを構成する青色系鉱物として、2試料からは藍方石(らんほうせき、アユインとも)が、1試料からは方ソーダ石(ソーダライト)が同定されている。アフガニスタン産のラピスラズリも、主に藍方石から構成されているが、糸魚川産のものは共存鉱物に特徴があり、外国産のものでは報告がない鉱物の組み合わせが確認されたという。
具体的には、藍方石には珪灰石や灰礬石榴石(かいばんざくろいし)を伴っていて、接触交代変成作用を受けた岩石(いわゆるスカルン)に類似しているとのこと。また、方ソーダ石は、ゴナルド沸石、AlO(OH)鉱物(ダイアスポアと考えられている)、シデロフィル雲母(黒雲母の一種)など、外国産では知られていない共存鉱物を伴っているという。
糸魚川市の海岸では、かつてラピスラズリの小礫が採集されたことがある。しかしフォッサマグナミュージアムによれば、海岸での石拾いイベントの際に外国産のものが撒かれたものではないかとされ、詳しい研究は行われなかったとのこと。同イベントで撒いた物は、すべて翡翠の小礫であったことが判明し、海岸のラピスラズリも翡翠と同様に川から流れてきたものと推察できるという。
なお、河床や海岸には外観が似た別の青い石の礫があり、従来からデュモルティ石として知られ、近年の鉱物科学会でその産状や鉱物学的性質などが発表された。国立科学博物館では「デュモルティ石と思って青い石を所有している人の標本には、ラピスラズリも紛れているのではないか」と見ている。
国立科学博物館によると、過去にも同様の例があるという。新鉱物「糸魚川石」は長い間、青い翡翠と思われてきたが、まったく別の鉱物であることが判明した後、続々と糸魚川石の標本が世に現れた。そのときと似た現象が、ラピスラズリでも起こる可能性があると同館は指摘している。

