山梨大学、早稲田大学(早大)、信州大学(信大)の3者は2月9日、水素と酸素を用いて発電する「固体高分子形燃料電池」(PEFC)の性能と耐久性を大幅に向上させる、高いプロトン(水素イオン)導電率、大きな伸び率、優れたガスバリア性(気体の通しにくさ)を併せ持ち、高温(120℃)での高性能な燃料電池発電を可能とする新たな「プロトン導電性電解質膜」の開発に成功し、過酷な加速劣化試験で10万サイクル以上の耐久性を達成したと共同で発表した。
同成果は、山梨大 クリーンエネルギー研究センター(CERC)/水素・燃料電池ナノ材料研究センターの宮武健治教授(早大 理工学術院兼務)、信大 社会実装研究クラスター 繊維科学研究所の金翼水 卓越教授、CERCのリュウ・ファンファ研究助教(元・早大 ナノ・ライフ創新研究機構 次席研究員)らの共同研究チームによるもの。詳細は、機能性材料を扱う学術誌「Advanced Materials」に掲載された。
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今回開発されたプロトン導電性高分子電解質の合成スキームと、多孔性ポリエチレンを組み合わせた複合膜の画像。茶色をした透明で均一な薄膜構造が、高いプロトン導電率と化学的・機械的安定性の両立を実現した。(出所:共同プレスリリースPDF)
PEFCは、正負極でプロトン導電性高分子電解質膜を挟み、正極に酸素を、負極に水素を供給して電気を発生させる発電装置だ。従来のプロトン導電性高分子電解質膜には、フッ素系高分子電解質と、高分子「ポリテトラフルオロエチレン」を延伸した「ePTFE」からなる多孔材基材を組み合わせた複合膜が用いられてきた。しかし、合成法が限定されていて高価なことや、ガスバリア性が不十分であること、フッ素原子を多く含むことから、有機フッ素化合物「PFAS」の一種として人体や環境への長期的な影響が懸念されることなどの課題が存在していた。
そのため、フッ素原子を含まない高分子電解質膜が数多く開発されてきたが、フッ素系高分子電解質膜に比べてプロトン導電率や化学的安定性が劣っており、PEFC用に適した材料は見つかっていなかった。そこで研究チームは今回、プロトン導電性を発現するための「スルホン酸基を持つフェニレン基」、化学的安定性を発現するための「5つのベンゼン環が連結したキンケフェニレン基」、そして機械的安定性を発現するための「脂肪族基」に着目。これら3つの成分を組み合わせた高分子電解質の設計を試みたという。
今回の研究では、各成分の組成比と脂肪族基の長さを変えた一連の高分子電解質を合成し、それらが電解質物性に及ぼす効果が検証された。これにより、得られた最適構造を持つ高分子電解質を多孔性のポリエチレン基材との複合膜とすることで、従来の非フッ素系高分子電解質膜や市販のフッ素系高分子電解質膜と比べて優れた性能が実現された。
また、3成分からなる高分子電解質の物性は、その組成に加えて脂肪族基の長さによっても大きく変化することが見出された。今回検討された中では、炭素数が12の「ドデシル基」が疎水部の中で67mol%含まれる時、高分子量体として得られ、エタノールなどの低級アルコールにも可溶なことが確認されたとした。
この高分子電解質を膜厚が7μm、空隙率44%のポリエチレン基材と組み合わせて得られたのが、高分子電解質が均一に含浸した複合膜「SP-PAC12-QP-PE7」だ。この複合膜は、80~120℃の温度範囲において優れたプロトン導電特性を示し、フッ素系電解質膜と同等の性能を発揮することが確認された。
また、80℃、60%RH条件下における破断伸びは300%を超えており、薄膜でありながら伸縮性にも富んでいることがわかった。複合電解質膜の両面に電極触媒層を塗布して燃料電池特性を測定したところ、フッ素系電解質複合膜に比べて水素透過率は1/4程度であり、ガスバリア性に極めて優れていることが判明した。
加えて、プロトン導電率と同じ温度範囲で優れた発電特性が得られること、開回路条件で乾燥と湿潤を繰り返す加速劣化試験では1万サイクルを超えることが実証された。この耐久性はフッ素系電解質複合膜の1.3倍であり、フッ素フリー材料では異例ともいえる優れた安定性が確認された。
市販されているフッ素系高分子電解質は優れた耐久性を持つが、それはフッ素原子が炭素原子と共有結合した高分子構造に由来する。フッ素原子を含まない高分子電解質は、構造の自由度が高く合成方法も多様であるため、非常に多くの材料が提案されているが、これまではフッ素系高分子電解質には対抗できないと考えられてきた。
今回の研究では、実用的な運転条件に加え、タクシー、トラック、バスなど、商用・大型車両(ヘビーデューティービークル)への応用を想定した高温運転や過酷な劣化試験条件でも優れた発電特性と耐久性を示し、新材料の可能性が実証されたとした。
なお今回は基礎研究であるため、電極面積は4.41cm2と小型セルでの検証が行われていた。そのため研究チームは今後、より大型のセルでの性能確認に加えて、複数のセルを積層したスタックでの検証を関連企業との共同研究で実施する予定とし、実用化に向けた検討を加速させるとした。
また、今回開発された高分子電解質の合成には、重合促進剤として0価のニッケル錯体が用いられた。この錯体は重合反応に対する活性が高く、高分子量体の高分子電解質を合成するのに適しているが、量産化されておらず、試薬ベースでも高価だ。そのため、研究チームは現在、この錯体を用いずに重合を促進することによる低コスト化も検討しているとした。さらに、大量合成や連続製膜などへも挑戦していくという。
研究チームは今回の成果に対し、フッ素を含まないプロトン導電性高分子電解質膜のブレークスルー技術として、学術的な意義はもちろん、実用的な観点からも大きな成果と考えているとする。3種類の構造を含む三元共重合体はさまざまな組み合わせが可能なため、今回とは異なる成分を用いることにより、より多機能な高分子電解質が創出できる可能性がある。そのため今後はPEFCに限らず、水素製造のための水電解セルや二次電池、センサなど、さまざまな固体電気化学デバイスへの展開につなげていくとしている。
