茨城大学と京都大学(京大)の両者は2月4日、重力下で熱が流れる環境下において、液体とその蒸気が共存する状態である「気液相共存」にある物質の配置や安定性を決定する新しい熱力学理論「有効重力」を構築したと共同で発表した。
同成果は、茨城大 学術研究院 基礎自然科学野の中川尚子教授、京大大学院 理学研究科の佐々真一教授の研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
液体が宙に浮く現象が予言された!
「非平衡物理学」は、熱や物質の流れに潜む普遍的なルールを見出すことを目標とする学問だ。アプローチには、複雑な動きを運動方程式で記述する「流体力学」と、系の安定性を「変分原理」という物差しで測る「熱力学」がある。後にこれらは統合されて「非平衡熱力学」が誕生し、輸送係数の対称性やエントロピー生成の役割などについての理解が進んだ。
しかし20世紀後半、カオスの発見などで方程式による研究が急進展した一方、数式を解くだけでは説明しきれない現象が取り残された。それらの“物差し”を探す試みも続けられたが、その多くは形式的な理論に留まり、「どの状態が実現するのか」を予言する力は不十分だったという。
この状況を打破すべく、研究チームは2017年に「大域熱力学」を提案。標準的な流体力学では記述が困難な「非平衡相共存」(水と水蒸気が熱伝導下で共存する現象など)に着目し、従来の熱力学の「物差し」を矛盾なく非平衡へと拡張することに成功したのである。
“水は沈み、水蒸気は浮く”のは重力下での常識だ。この配置が逆転する例として雲があるが、雲の水滴が浮くのは激しい上昇気流の力を借りているためとされる。流れのない静止状態で重い液体を上に浮かせるには、無重力環境下で上側を冷却して下側を加熱するなど、冷却と加熱の方向を調整するなどの特殊な条件が必要となる。
そうした中、研究チームは重力下で上から冷却して下から加熱すると、つまり熱流を重力と逆向きに加えると、激しい流れがなくとも液体が気体の上に浮き上がるという現象をシミュレーションにより発見した。従来の平衡熱力学では、このような熱流のある非平衡状態の安定性を判定できない。そこで研究チームは今回、大域熱力学によって拡張された変分原理を用い、この配置がなぜ安定化するのかを原理的に解明することを目指したという。
そして解析の結果、熱流と重力というまったく異なる物理的要因が1つの数理的枠組みで統一され、「有効重力」という新概念が導かれたとした。熱流が存在する非平衡状態でも系の安定性を判定できる新たな物差しとして、「拡張された熱力学ポテンシャル」の存在を示すことに成功したのである。
このポテンシャル内では、物体を引く重力の力学的エネルギーと、物体を押し上げる熱流による熱力学的駆動力が対等に競合する。この結果をたった1つのパラメータに集約したのが、「有効重力(M geff)」だ。式は「M geff=M g-AΔps」と定義され、本来の重力と熱流が生じる「熱力学的な力」の合力を表すとした。
式の「M」は物質の質量、「g」は重力加速度であり、右辺第一項の「M g」は本来の重力を意味する。重要なのは第二項「AΔps」だ。これは、容器の上面と底面との温度差による“飽和蒸気圧の差”Δpsと断面積Aとの積であり、下から温めて強い熱流を作ると、この蒸気圧差がピストンのように上向きの力として働き、重力を打ち消すのである。
この理論がもたらす最大の知見は、重い液体が浮くという現象が、対流のような「動き」によるものではなく、新しい物差しにおける「安定性」の結果であるという点だ。有効重力の式が示す通り、上下の温度差を適切に与えれば上向きの力が重力を上回り、有効重力の符号が反転する。この時、系にとっては、天井側こそが熱力学的な「底」となる逆転現象が生じる。
その結果、重い液体が場所へ集まり、静止したまま安定化する。これは、“流れの力で浮く”という流体力学の従来の常識を覆し、“熱力学的なポテンシャルの谷に落ちて浮く”という新しい安定化メカニズムを実証するものだといい、複雑な流体方程式を解かずとも、有効重力の符号を確認するだけで液体の挙動を完全に予言できるようになったとする。
今回の成果により、19世紀の熱力学と20世紀の非平衡科学の間のミッシングリンクが埋められ、大域熱力学の理論的有効性が示された。今回導かれた有効重力の概念は、熱流が存在するあらゆるシステムにおいて、物質の配置や安定性を理解する共通言語になるという。今後は実験的な検証と共に、気象現象や生体内輸送など、複雑な非平衡現象の統一的理解に向けた展開が見込まれるとした。
また、この成果は熱流を自在に操ることで、実質的な重力を人工的にデザインできる可能性を示唆しているとする。未利用の排熱を活用し、電力やポンプを使わずに物質を特定の場所に保持・分離する新しい制御技術の創出につながる可能性があるとしている。


