日本大学(日大)と米子工業高等専門学校(米子高専)の両者は1月30日、ブラックホール内部を記述する量子状態が、量子情報論における「絶対最大量子もつれ状態」で表されることを理論的に明らかにしたと発表した。

  • 今回の研究成果のイメージ

    今回の研究成果のイメージ(出所:日大プレスリリースPDF)

同成果は、日大 文理学部 物理学科の玉岡幸太郎准教授と米子高専 総合工学科の姉川尊徳助教の研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

ブラックホールに関する重要な未解決問題の1つに、「ブラックホールに落ちた情報は最終的にどうなるのか」という「情報喪失問題」がある。近年、この問題について大きな理論的進展があり、落ちた情報が完全に失われるわけではない可能性が示された。これにより、ブラックホールが量子論と矛盾しない形で理解できる道筋が見えつつある。こうした成果を受けて、現在の理論物理学では次の段階の問いとして、ブラックホールの内部そのものをどのように量子論として記述すべきかが注目されている。

この問題を考える上で重要となるのが、「ホログラフィー原理」だ。これは、ある空間の中で起きている重力を含む物理現象が、その空間の境界にある重力を含まない物理法則によって完全に説明できるという、極めて特異な概念となっている。また、マクロな世界(重力)を扱う一般相対性理論と、ミクロな世界を扱う量子力学を融合する究極の理論として期待される「超弦理論(超ひも理論)」では、その研究過程でホログラフィー原理が具体的に成立する例(AdS/CFT対応)が見つかり、現代の重力理論の研究において中心的な役割を果たしている。

しかし、このホログラフィー原理は、本来はブラックホールの外にいる観測者の視点で定式化されたものであり、ブラックホールの内部まで同様に記述できるのかは不明であった。特に、ブラックホール内でホログラフィー原理が成立するのか、もし成立するのならどのような形をとるのかを理解することは、現在の理論物理学における重要課題となっている。そこで研究チームは今回、理論物理学で用いられる特殊な宇宙モデルである「反・ドジッター時空」に存在するブラックホール内部の量子状態を理解するため、重力理論の枠組みの中で理論的な解析を行ったという。

今回の研究では、まずブラックホール内でもホログラフィー原理が成立すると仮定された。これは、ブラックホールの内も外も、量子論と重力理論の対応関係が何らかの形で成立しているという、近年の研究成果に基づく仮定だ。この仮定のもとで、今回の解析では、これまでの議論で前提として置かれてきた2つの重要な点について、純粋に重力理論の立場から検証と正当化が行われた。

第一に、ブラックホール内部を記述する量子状態の自由度(ヒルベルト空間の次元)は、必ずその外部のものよりも大きくなることが示された。これは、ブラックホールの内部では、外部で時間として使われていた方向が空間のような役割を果たすため、内部が事実上、非常に大きな、形式的には無限に広がった系として解釈されることに対応している。この理解は、特定のモデルに依らず、ブラックホールに共通する普遍的な性質として捉えられるとする。

第二に、ブラックホール内部の量子状態は、非常にランダムな量子状態として近似できることが示された。このような状態では、内部のどの部分を取り出しても、残りの全体と非常に強い量子論的な相関である「量子もつれ」を持つことが明らかにされている。

より具体的には、今回の研究では、内部に存在する「特別な極値断面」と呼ばれる空間断面が着目された。そして、ホログラフィーの力を借りることで、量子状態の量子もつれを定量化する情報量である「レニー・エントロピー」が詳細に解析された。その結果、この量子状態が、非常に特殊な「絶対最大量子もつれ状態」(AME状態)になることが示されたという。これは、空間をどのように2つに分けても、常に最大限の量子もつれを持つ状態であり、文字通り究極にもつれた量子状態であることを意味する。

今回の成果は、これまで理論的に扱うことが難しかったブラックホールの内部に対し、量子情報の観点から統一的な理解を与えた点に大きな意義があるという。特に重要なのは、内部の量子状態が、細かな力学の違いに依らず、普遍的な状態として特徴づけられることを解明した点とする。これにより、内部の複雑な量子論を、個々のモデルに依存せず、共通の枠組みで議論できる可能性が開かれた。これは、内部を理解するための理論的基盤を大きく前進させるものだ。

また今回の成果は、重力理論と量子情報理論の結びつきを、ブラックホール内部の極限的な状況において明確に示した点だという。内部の状態が、量子情報理論でよく研究されている「最大限にもつれた状態」と対応することが判明したことで、量子情報理論の手法を用いてブラックホールの未解決問題を考える手段がさらに拡大した格好だ。

今後は、今回得られた結果を基に、ブラックホール内部のより詳細な性質を調べることが重要となるとする。特に、今回の知見を基に、内部に存在するとされる「特異点」が量子論の観点からどのように理解されるべきなのかを解明することが必要だ。特異点の研究は、宇宙の始まりそのものを理解する上でも重要として期待されている。

さらに、今回用いられた考え方を、宇宙の最初期とも深く関わる膨張宇宙のような状況へと拡張していくことも、今後の重要な課題とした。もし類似した普遍的構造が、より一般の時空でも成立することが示されれば、ホログラフィー原理の適用範囲は拡大し、量子論と重力理論の理解に大きな進展をもたらすことが期待されるとしている。