東京科学大学(科学大)は1月26日、磁性量子気体において、粒子の内部自由度であるスピンから粒子の軌道角運動量に角運動量が移行する現象である「アインシュタイン=ド・ハース効果」の観測に成功したと発表した。

同成果は、科学大 総合研究院 量子航法研究センターの上妻幹旺教授、同・松井宏樹特任助教、同・宮澤裕貴特任助教、名古屋大学大学院 工学研究科 応用物理学専攻の川口由紀教授、東京大学大学院理 学系研究科 物理学専攻の上田正仁教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会(AAAS)が刊行する世界最高峰の総合学術誌「Science」に掲載された。

アインシュタイン=ド・ハース効果は、物体の巨視的な回転運動と、構成粒子の内部自由度であるスピンの間で角運動量が移行する現象を指す。この現象は、スピンや軌道運動、格子振動など、多くの自由度が複雑に関与しており、その素過程を量子力学を用いて追跡することは極めて困難だという。

一方、「ボース=アインシュタイン凝縮」(BEC)とは、光子などの「ボース粒子」や、特定の条件を満たして同様に振る舞う原子・分子を極低温まで冷却した際、多数の粒子がエネルギー的に最も低い「基底状態」に集まり、全体が巨大な1つの波として振る舞う現象を指す。このような巨大な波の性質を持つ特殊な物質の状態を「BEC体」と呼ぶ。

希薄原子気体のBEC体は、量子力学的現象が巨視的な空間スケールで現れる系だ。近年、大きな磁気双極子モーメントを有する原子の冷却が実現したことで、スピンの磁気的な性質が顕著に表れる「磁性量子気体」が注目されている。外部磁場の印加により気体中の原子のスピンが揃い、その結果として、さまざまな現象が誘起されるためだ。

スピンの方向が揃った希薄原子気体のBEC体をゼロ磁場中に置くと、原子間の磁気的双極子相互作用により、スピン(内部自由度)から、原子の集団的な回転運動(外部自由度)へと角運動量が自発的に移行することは、以前より理論的に予測されていた。この現象は、「希薄原子気体のBEC体におけるアインシュタイン=ド・ハース効果である」といえるとする。そこで研究チームは今回、これまで使われてこなかった「ユウロピウム」の希薄原子気体のBEC体を、磁気シールドで遮蔽された超弱磁場環境中に置くことで、この現象の実験的な観測を試みたという。

  • BECした磁性量子気体中でスピンから回転運動に角運動量が移行するイメージ

    BECした磁性量子気体中でスピンから回転運動に角運動量が移行するイメージ。印加磁場に沿ってスピンが配向した磁性量子気体をゼロ磁場中に置くと、気体自体が生成する磁場の周りでスピンが歳差運動をするが、その際に発生する、全角運動量を保存するための質量渦の様子が描かれている。(出所:科学大Webサイト)

ユウロピウムのスピンは、電子軌道に由来する角運動量の影響が極めて少なく、スピン自由度のある磁性量子気体を実現する上で好ましい性質を持つ。しかし、同元素のBEC体生成は難易度が極めて高く、実験に成功しているのは世界でも科学大だけだ。

実験は、磁気シールドによる超弱磁場環境中で実施された。あらかじめスピンの方向を揃えておいたユウロピウム希薄原子気体のBEC体をゼロ磁場中に置いた後、磁場勾配を加えることでスピンの射影成分ごとに原子気体を分離。もともと単一の射影成分に偏っていた原子の分布は、ゼロ磁場を経て複数の成分に緩和しており、スピン系の角運動量に変化があったことが示された。

さらに、角運動量が変化した原子は空間的に局在しており、スピン状態が空間的な模様を成す「スピンテクスチャ」が生じていることが判明した。最初にスピンが向いていた方向に沿って観察すると、弱磁場を経て発生したスピン成分が環状構造を持っていることがわかる。スピン系の角運動量が減少した中で生じたこの密度分布は、軌道角運動量が量子化された「量子渦」として角運動量を担っていることが期待された。

これを検証すべく、光格子によるブラッグ回折を利用して原子波干渉計を構築し、環状構造の位相分布が調査された。その結果、それが量子渦であることが確かめられた。この実験では、スピン角運動量が1だけ変化したすべての原子が、巻き数1の量子渦を持っており、スピンと渦の全角運動量が保存されていることが確認された。一連の実験結果は、実験パラメータに基づく数値計算ともよく一致しており、観測された現象がアインシュタイン=ド・ハース効果であることが確定されたとした。

  • 磁場勾配を加えることで、磁性量子気体をスピン成分ごとに分離した様子

    磁場勾配を加えることで、磁性量子気体をスピン成分ごとに分離した様子。黒い部分は原子を示す。(左)初期状態では一番下のスピン成分に原子が集まり、スピンが配向している。これをゼロ磁場中に置くと、他のスピン成分に緩和していく。(中)軌道角運動量がマクロに量子化されていることを反映した量子渦(リング状の構造)を、空間的に分離された緩和成分で確認できる。(右)横から見ると、リングが複数の部位によって構成されていることが見て取れる。(出所:科学大Webサイト)

  • 原子波干渉計による質量渦の可視化

    原子波干渉計による質量渦の可視化。(左)ゼロ磁場中に置いた磁性量子気体を光定在波で回折させて原子干渉計を構築し、干渉縞をスピン成分ごとに撮影したもの。(中)画像全体の様子。(右)環状構造を示すスピン成分において、量子渦に由来する特徴的な干渉縞が確認された。(出所:科学大Webサイト)

今回の研究で用いられた希薄原子気体のBEC体は、関与する自由度の種類が明確で、相互作用の強さを精密に制御できる、極めてクリーンな量子多体系だ。この特長により、スピンの量子状態、原子の運動、そして両者を結合する相互作用を同時に捉えながら、その時間発展を量子力学に基づいて追跡することが可能となったという。

今回の成果は、アインシュタインとド・ハースが示した角運動量変換の物理を、原子レベルの微視的機構にまで踏み込んで直接検証できる実験系を初めて実現したものといえる。スピンと回転運動の本質的なつながりを理解する上で、新たな視点を与えると期待される。