米ラスベガスで開催されたエレクトロニクスショー「CES 2026」に出展した富士通は、同社の強みであるコンピュータビジョンに基づき、同じ空間の中にいる人間と、異なる種類の複数ロボットの相互作用を予測する「Spatial World Model」(空間ワールドモデル)の技術を紹介した。

2026年のCESでは、複数の参加企業が人型のヒューマノイドロボットや、ロボットに関連する部品、あるいはソフトウェアやサービスなどを出展していた。「CES」はかつて「Consumer Electronics Show」の略称として知られていたが、出展各社が提案したロボットの用途に関しても、一般家庭向けから産業向けまで視野を幅広く設定した企業の取り組みに触れることができた。

  • 富士通がCES 2026に出展したブースで、複数のロボットが協調動作をしながら人間の安全な生活を支えるサービスのイメージに触れた

    富士通がCES 2026に出展したブースで、複数のロボットが協調動作をしながら人間の安全な生活を支えるサービスのイメージに触れた

一方で、多くの企業が出展するロボットが「個体としての賢さや俊敏さ」を開発のテーマとしていたのに対して、富士通は“空間全体をひとつの知的なエコシステムに変える”という独自のアプローチを提示していた。このことが筆者の印象にも強く残った。

複数のロボットとIoTデバイスで「空間を認識」する技術

「World Model」(ワールドモデル)とは、一般にロボットが搭載するAIがカメラを含むセンサーを通じて環境の状態を認識し、自律的に動くための基盤技術を指す。しかし、1台のロボットが単体で備えるセンサーで空間全体の様子を捉えきることは難しく、変化の激しい環境下で複雑な状況を把握するには限界がある。

富士通が提案する空間ワールドモデルは、この認識の範囲を個々のロボットから「空間全体」へと拡張している。CESの富士通ブースでは、壁面に設置された複数のウェブカメラと、ロボット自身が持つカメラやセンサーの情報を同期させて、空間内で発生するイベントをより広く掌握することを狙ったシステムを構築していた。

  • 富士通が提唱する「Spatial World Model」(空間ワールドモデル)の概念。カメラ映像からの空間把握と空間内の人・ロボット・モノの未来の状態を予測する

    富士通が提唱する「Spatial World Model」(空間ワールドモデル)の概念。カメラ映像からの空間把握と空間内の人・ロボット・モノの未来の状態を予測する

この技術の基盤には、富士通が長年培っている「Vision AI」(ビジョンAI)の研究成果がある。

同社はこれまでに、空港などの監視システムにおいて人物の不審な行動を検知する技術を提供してきた、豊富な実績を持つ。空間ワールドモデルにおいては、同社のビジョンAIの技術が対象となる空間の中に存在する人やモノ、そしてロボットなどの物体の動きの変化を正確に捉え、それぞれの相互作用を正確に予測するために欠かせない。引いては“富士通ならではの強み”にもなる。

さらに同社は2025年12月の報道発表において、学術的なベンチマークデータに基づき、人物の行動意図の推定精度を従来比で3倍に向上させたと公表している。この予測の力こそが、人とロボットがシームレスに協調するための技術的な鍵を握っている。

  • ロボットは富士通製ではないが、複数のロボットとIoTデバイスに「空間全体」を認識させながら協調動作を行わせるソフトウェアを開発するところに、富士通の強みが活かされている

    ロボットは富士通製ではないが、複数のロボットとIoTデバイスに「空間全体」を認識させながら協調動作を行わせるソフトウェアを開発するところに、富士通の強みが活かされている

人間の安全をロボットが守る

CES会場のブースでは、複数のロボットが搭載するカメラと、室内に固定されたカメラを併用しながら空間全体をデジタルで把握する環境が構築されていた。想定された用途としては、犬型の四足歩行ロボットとヒューマノイドロボットによる監視・セキュリティサービスのような使い方だ。

富士通のスタッフがアタッシュケースのような鞄を持ち歩き、“立ち入り禁止エリア”内で持ち物を不自然に隠そうとする「不審な動き」を見せると、ロボットが即座に反応して警告を発するデモンストレーションを見ることができた。もちろん、富士通のブースではすべてのロボットが展示スタッフによるリモコン操作の手を借りることなく、自律的に動いていた。

  • ブースのコーナーに設置されたカメラで空間を認識する。カメラは特殊なものではなく、一般的なストリーミング機能を搭載する市販品を使っている

    ブースのコーナーに設置されたカメラで空間を認識する。カメラは特殊なものではなく、一般的なストリーミング機能を搭載する市販品を使っている

富士通には、このような監視システムの開発・構築と運用に関する豊富な実績がある。現在は検知した情報をディスプレイに表示し、人間に通知する使い方が一般的だが、空間ワールドモデルによって、種類が異なる複数のロボットが空間の様子を認識しながら協調動作を実現することで、新しい種類のセキュリティサービスの提案も可能になる。人間が生活する空間内にAIが「物理的な解決」を提供するフェーズにまで、先端技術は進化を遂げつつある。

今回の展示では、カメラが捉えた視覚情報を中心とした空間ワールドモデルを見せたが、富士通の担当者によれば、今後は「音=聴覚」など他の種類のセンサーから得られる情報を組み合わせ、マルチモーダルなセンシングへと発展させることも技術的には可能だという。「叫び声」や「爆発音」など、空間内の異状を知らせる音に対しても、状況を正確に把握しながらより適切な安全確保ができるようになりそうだ。

  • カメラが捉えた空間、ロボットの視線をスクリーンに投影しながら紹介していた

    カメラが捉えた空間、ロボットの視線をスクリーンに投影しながら紹介していた

  • 何も異状がない環境であれば、犬型ロボットは人間に対して“お手”を返すなど、フレンドリーに振る舞う

    何も異状がない環境であれば、犬型ロボットは人間に対して“お手”を返すなど、フレンドリーに振る舞う

  • アタッシュケースを持った人間が立ち入り禁止エリアに近付くと、警報を知らせる

    アタッシュケースを持った人間が立ち入り禁止エリアに近付くと、警報を知らせる

  • ステージ全体の照明を赤色に変える演出も組み込み、警告状態であることを示している。警備担当の犬型ロボットが対象人物へ近づき、「ここから離れてください」と声掛けを行って、セキュリティ対応を実施した。このロボットは威嚇するようなステップを踏み、目の色はグリーンからピンクに変わっている

    ステージ全体の照明を赤色に変える演出も組み込み、警告状態であることを示している。警備担当の犬型ロボットが対象人物へ近づき、「ここから離れてください」と声掛けを行って、セキュリティ対応を実施した。このロボットは威嚇するようなステップを踏み、目の色はグリーンからピンクに変わっている

ロボットとAIが解決する社会課題と向き合う

富士通が空間ワールドモデルを提供する背景には、人間が危険にさらされる業務をロボットが代替できることのほかにも、世界中で深刻化する労働力不足の解消など、さまざまな社会課題の解決に結び付ける狙いがある。

同社の技術が活用できる領域も、警備・監視の業務に留まらない。AIが人間の「意図」を予測し、ロボットがフィジカルに対応することで、たとえば医療・介護施設で働くケアロボットや、物流倉庫やオフィスで荷物を搬送するロボットの活躍を支えるプラットフォームにもなり得るだろう。

富士通は自社でロボットのハードウェアを開発するのではなく、複数のロボットや監視カメラのようなIoT機器をオーケストレーション(指揮)する「頭脳」となるソフトウェア、あるいはフレームワークの提供に注力している。

現在、産業用のロボット市場にはさまざまなベンダーが参入しているが、異なるメーカーのロボットを同一空間内で効率的に協調させるための共通規格はまだ成熟していない。ここに、富士通による「空間ワールドモデル」が活路を切り拓く道筋が浮かび上がってくる。

富士通は2025年4月に「空間ロボティクス研究センター」を立ち上げ、わずか1年足らずで現在までの成果をCES 2026において公開した。同社のスタッフによると、2026年度内に自社拠点「Fujitsu Technology Park」(神奈川・川崎市)などを活用して実証実験を本格化させ、続く2027年から2028年頃までにはその成果をもとに、空間ワールドモデルのプロダクトローンチをめざすという。

  • 富士通など、フィジカルAIの領域に独自性を打ち出す日本企業が、CES 2026でも日本のテクノロジーの存在感を示した

    富士通など、フィジカルAIの領域に独自性を打ち出す日本企業が、CES 2026でも日本のテクノロジーの存在感を示した

CES 2026に出展したことにより、富士通がいま、フィジカルAIに関わる技術開発に対して本格的に身を乗り出していることを周知する成果も得られたようだ。

モビリティ、あるいはコンシューマーエレクトロニクスの領域では、CESにおける「日本企業の不在」に落胆するような国内メディアの報道も散見された。だが、筆者は富士通の取材を通して、グローバルなロボティクスエコシステムの中で、AIとソフトウェアの側面から主導権を握ろうとする同社の強い意志を感じられた。

日本の企業やテクノロジーは、今年のCESで存分に注目されていたと思う。ハードウェアとしてのロボットを、高度にオペレーションするソフトウェアの技術において、これから日本企業がリーダーシップを採る未来を期待したい。