東北大学と科学技術振興機構(JST)の両者は11月28日、量子コンピュータ向け材料に関し、材料内の磁気的揺らぎが量子状態を乱す仕組みに注目し、計算科学を用いて量子状態の安定性を高速に予測する新評価手法を開発したと共同で発表した。

同成果は、東北大 電気通信研究所の金井駿准教授、米・アルゴンヌ国立研究所のジューリア・ガリ教授(米・シカゴ大学兼務)、同・マイケル・トリヤマ博士、シカゴ大のジー・ウェイザン博士らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の二次元物質を扱う学術誌「npj 2D Materials and Applications」に掲載された。

量子ビットの安定性判定が高速化!

量子コンピュータの基礎となる最小情報単位の量子ビットの性能を左右するとされるのが、量子状態の安定性の保持時間である「位相緩和時間」(T2)の長さだ。しかし1970年代に、T2を理論的に計算する方法が提案されたものの、実際の材料では膨大な行列計算を伴うため、現実的な予測はほぼ不可能だった。2000年代に入って小さな行列を繰り返し計算する近似的な手法が登場するが、それでもまだ性能は低い状態だったという。

そして2021年、金井准教授と東北大(当時)の大野英男総長、アルゴンヌ国立研究所/シカゴ大のデイビッド・オーシュロム教授とガリ教授の国際共同研究チームが、三次元材料についてT2を単純な四則演算と累乗計算で求められる「一般化スケーリング則」を発見。これにより、量子状態の安定性を誰でも容易に予測できる仕組みが示され、大きく前進することとなる。

  • T2の計算研究の発展史

    T2の計算研究の発展史。1925~26年に、量子力学の基礎となるシュレディンガー方程式やハイゼンベルグ方程式が確立。1972年に、T2計算の理論原理が提案されるが、実在材料では膨大な行列計算のため実用的な解析は難しかった。2008年になり、「クラスタ相関展開法」により実用的な近似計算が実現。2021年に東北大・シカゴ大の共同研究により、三次元材料のT2を代数的に表現できる「一般化スケーリング則」が発見された。今回の研究は、それを二次元およびヘテロ構造材料へと拡張したものだ(出所:東北大Webサイト)

その発見により、量子状態の安定性に関する研究は三次元材料を中心に加速したものの、原子層レベルで人工的に設計できる二次元材料や、それらを組み合わせたヘテロ接合構造では、そうはいかなかった。同様の手法で安定性を評価することが困難であり、さらに統一的な理論が未確立だったためだ。そこで研究チームは今回、その課題を解決すべく、それらの材料でも量子状態の安定性を高精度かつ高速に予測できる新しい理論計算手法の開発に挑んだという。

今回の研究では、材料中の原子核の磁気的な揺らぎがスピン量子ビットの安定性を支配することに着目し、この相互作用を解析するクラスター相関展開法が自動化された。さらに、これを高スループット計算とデータ駆動モデルに統合することで、材料ごとの量子状態のT2を網羅的に予測できる枠組みが確立されたのである。

そして、実際に1173種類の二次元材料が調べられ、T2が1ミリ秒以上の190種類の材料が同定された。中でも、代表的な二次元半導体として知られる「二硫化タングステン」(WS2)は、今回の解析でT2が35ミリ秒という突出した安定性を示した。すでにスピン量子ビットとしての実験報告もあり、同材料はエレクトロニクスと量子情報をつなぐ共通基盤材料として新たな可能性が示された。このように、実在する二次元材料群の中で、量子状態の安定性を左右する要因と設計指針が初めて体系的に解明された。

  • 高T2の二次元材料の例と三次元母体材料のT2の比較

    高T2の二次元材料の例と三次元母体材料のT2の比較。(a)三次元材料と比較し、二次元材料の方が長いT2が予測されることがわかる。(b~e)T2が比較的長い二次元材料の例。すでに量子ビットとして応用されている二硫化タングステン(WS)などに加えて、量子ビットとしての性能が未検証の新たな材料系が提案された(出所:共同プレスリリースPDF)

さらに、この成果を代数的に整理し、2021年発見の一般化スケーリング則を二次元材料およびヘテロ接合系にまで拡張することに成功。これにより、三次元材料・二次元材料・ヘテロ接合材料のすべての実在材料系において、量子状態の安定性を統一的に表現・予測できる理論的枠組みが完成した。

  • 二次元系に対するT2の代数的表現による理論式と大規模行列計算の比較結果

    二次元系に対するT2の代数的表現による理論式と大規模行列計算の比較結果。グレーの薄い線が予測結果であり、おおむね理論式で計算結果を表せることが示された(出所:共同プレスリリースPDF)

今回確立された理論と計算手法は、今後の量子技術開発に幅広い波及効果をもたらすとのこと。まず理論的には、三次元・ヘテロ接合・二次元を貫く統一的な「量子状態の安定性スケーリング則」が確立されたことで、材料科学と量子情報科学を結ぶ新しい共通基盤が生まれた点だ。これは、理論計算だけでなく、実験グループや産業界が利用できる量子材料設計の標準指針として機能することを示す。

そして実際の応用に向けた次のステップは、三次元材料で実験実証されつつあるこうした新たな色中心スピン量子ビット向け材料の実証に加え、今回の枠組みに基づき、理論で予測した高安定材料を実際に合成し、スピン共鳴測定や光学計測によりT2の直接実証を進めることとした。

また今回の枠組みは、量子コンピュータの演算精度を高めることに加え、高感度な量子磁気センサや量子通信デバイスの長寿命化など、量子技術全体の信頼性向上にもつながるとする。研究チームは今後、低ノイズ基板設計の指針を共有することで、半導体・材料メーカーとの共同開発を促し、既存製造技術と両立可能な量子デバイスプラットフォームの構築を目指すとした。さらに将来的には、Chicago-Tohoku Quantum Allianceを締結している東北大とシカゴ大を中心とした国際共同研究のもと、理論・実験・産業を横断した「量子材料設計エコシステム」を形成し、量子情報社会の実現に向けた学際的研究をさらに推進していく予定としている。