沖縄科学技術大学院大学(OIST)は11月21日、「アオリイカ」の一種で沖縄では「シロイカ」(Sepioteuthis lessoniana sp.2)と呼ばれる種が、移動しながら海底の色調に応じて体色を変化させるなど、多様な脅威に対する幅広い生存戦略を備え、環境や脅威に応じて洗練された擬態戦略を駆使する全容を解明したと発表した。
同成果は、OIST 客員研究員の中島隆太博士(研究当時)、同・技術員のズデニェク・ライブネル博士、同・研究員のマイケル・クバ博士(現 イタリア・フェデリコ2世ナポリ大学)らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
危険な海を生き抜くシロイカの擬態行動に迫る
シロイカは、インド洋および西太平洋に分布する中型のイカで、浅い海草藻場やサンゴ礁、沿岸域の水深100mの海域を自在に行き来して生活する。しかし、シロイカが分布するような生物多様性に富む海域は、極めて危険に富む。いわばシロイカは、頭上を飛ぶ海鳥から、海中を泳ぐサメやマグロなどの大型魚類、さらには他の頭足類まで、あらゆる大きさや形態の捕食者に狙われているのである。
このように多様な脅威に直面するシロイカは、進化の過程で幅広い生存戦略を格闘してきた。たとえばこれまでの研究チームによる観察では、シロイカが移動しながら海底の色調に応じて体色を変化させることが確認されている。そこで今回の研究では、シロイカが環境や脅威に応じて洗練された擬態戦略を駆使するその全容の解明に挑んだという。
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シロイカが用いるさまざまな擬態戦略。(A)2匹のイカが色彩成分を融合させ、重なり合う効果を生み出す様子。(B)岩の隣に3匹が重なり合っている様子。(C)天然の岩の下に潜み、周囲に溶け込んでいる様子。(D)底質の上に耳(ヒレ)を置き、底質からディスラプティブ迷彩への漸移(ぜんい)を生むカモフラージュの様子。(E)斑点模様の2匹が枝と岩の間に潜んでいる様子。(F)輪郭を不明瞭にする暗色の斑点模様を持つ2匹が重なっている様子。(G)藻に覆われた岩の傍らに潜み、斑点模様と持ち上げた腕で周囲に同化している様子(出所:OIST Webサイト)
シロイカの天敵となる生物は、鋭い視覚を持ちながらも、人間のように色の識別はできず、モノクロの世界を見ているとされる。これらの捕食者は、サンゴ礁などの非対称な海底環境から、対称性のパターンを感知する能力を進化させてきた。これに対抗するため、シロイカは周囲の環境に完全に同化するよう、極めて不規則な色彩パターンを選択する。藻類に覆われた岩を模倣したり、岩陰の影に溶け込んだり、あるいは砂質の海草床で透明化して姿を消すなど、状況に応じて巧みに擬態を使い分ける。
シロイカが、これほど多様で非常に複雑な視覚戦略を使い分けることは、研究者にとっても驚異的だという。さらに今回の研究から、シロイカの行動が従来考えられていたよりも海底と深い関わりを持っていることが示唆された。
加えて、今回は「ディスラプティブ迷彩」と呼ばれる特殊な色彩パターンも報告された。これは、第一次世界大戦中に軍艦に施された、周囲に溶け込んで見えなくする本来の意味での迷彩ではなく、逆に目立つが艦船の形状や位置など、敵を視覚的に混乱させることを目的とした特殊な「ダズル迷彩」に類似する。SF作品でお馴染みの光学迷彩のように完全に見えなくなるのは不可能なため、捕食者に対してシロイカの形状・大きさ・位置(距離)を混乱させることで、危機的状況での逃走を容易にするための戦略と考えられるとした。
今回の研究では、シロイカの行動の根底にある数学的パターンを分析することで、背景に溶け込むために用いられるさまざまな戦略が確認された。その戦略の一環として、イカは対称性を最小限に抑えるために腕の位置を変化させることも判明。例えば、腕を横に投げ出したり、前方に無秩序に垂れ下げたりすることで、捕食者の目を欺くのである。
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シロイカが擬態戦略を構築する際に用いる、さまざまな擬態要素の概要。色彩パターン(A~D)、姿勢(E~M)、運動状態(I~M)を示す。イカは環境に応じて、これらの要素を組み合わせて使用し、集団擬態を強化するために隣接する個体と協調することが観察されている(出所:OIST Webサイト)
さらに、シロイカを含むアオリイカが用いるよく知られた防御戦略の1つに、群れでの行動がある。最大で約200個体もの集団が形成されることも確認されている同種。そして、この群れでの行動により、シロイカたちは擬態戦略を同期させていることも明らかにされた。例えば、岩に見せかけるために互いに重なり合うなど、擬態を協調させる能力が示されたという。
シロイカは最近、スエズ運河を経由して地中海に侵入したことが確認されており、より多様な生態系に出現するにつれて、その多彩な擬態戦略は科学的な重要性がますます高まっているとのこと。一方で沖縄においては、シロイカは商業的に重要な種だが、年間漁獲量は98%も減少していることから、今回の研究が、イカと生態系の相互依存関係に関する貴重な知見を提供し、より効果的な保護戦略の策定に貢献することが期待されるとしている。
なお今回の研究は、OISTのライブネル博士が主導する研究用飼育プロジェクトの一環として行われた。頭足類は一般的に、飼育することが長らく困難とされていたが、このプロジェクトでは数世代にわたり健康で活発なシロイカを飼育する実現可能性が示されたとする。
ライブネル博士は、「アオリイカは、頭足類の認知能力を探る今後の研究において有力な候補であるだけでなく、中枢神経系を介した視覚的知覚と運動制御を研究するのにも適した潜在的なモデル動物でもあります。実に驚くべき生物です」とコメントしている。