熊本大学は11月13日、コバルトイオン3個が金属-金属結合により直線的に結合した錯体分子「Co3(dpa)4Cl2(dpa=2,2'-ジピリジルアミド)」が、「分子スピン量子ビット」として機能することを発見し、「パルス電子スピン共鳴法」を用いてスピンの緩和特性を詳細に解析した結果、金属-金属結合を持つ分子の中でも比較的長いスピン寿命を保持できることを実験的に証明したと発表した。
同成果は、熊本大大学院 先端科学研究部の関根良博准教授、同・禅野光育成助教、同・小林翠大学院生、同・速水真也教授を中心に、韓国、台湾の研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英国王立化学会が刊行する化学を扱う学術誌「Chemical Communications」に掲載された。
量子コンピュータの開発において、情報を担う量子ビットの安定性と制御性は極めて重要だ。量子ビットを実現する手法は数多くあるが、とりわけ電子のスピン(上向き・下向き)を0と1に対応させ、その重ね合わせ状態により量子情報を保持する「スピン量子ビット」は、長寿命で精密制御が可能なため注目されている。
中でも、分子レベルでの安定的なスピン量子ビットである「分子量子ビット」は、その設計性や制御性の観点で有利なことから期待される。しかし、これまで分子量子ビットを実現する優れた物質の探索が行われてきたが、その設計は困難を伴うことがわかっていた。このような背景のもと、研究チームは今回、金属-金属結合を有する剛直な三核コバルト錯体Co32(dpa)4Cl2に着目。この分子は、スピン状態が切り替わる「スピンクロスオーバー」挙動を示すことが知られていたが、量子ビットとしての特性は未解明だったことから、その詳細を調べたという。
スピンクロスオーバーは、温度や光などにより、分子のスピン状態(高スピン・低スピン)が可逆的に変化する現象だ。今回の研究では、磁化測定と、磁場中の電子スピンの状態を観測する分光法であるパルス電子スピン共鳴法を用いた実験により、低温での「スピン-格子緩和時間」と「スピン-スピン緩和時間」が精密に解析された。
スピン-格子緩和時間は、スピンと格子振動の相互作用により、磁化のz軸方向性成分が熱平衡状態に緩和するまでの時間だ。一方、スピン-スピン緩和時間は、スピン同士の相互作用により、磁化のxy平面成分が熱平衡状態に緩和するまでの時間を指す。解析の結果、金属-金属結合が存在しても、Co3(dpa)4Cl2がミリ秒オーダーのスピン-格子緩和時間、およびマイクロ秒オーダーのスピン-スピン緩和時間を示すことが確認された。これは、量子情報処理に適した長寿命なスピン緩和状態の保持を意味する。
Co3(dpa)4Cl2は、これまでに報告のない「金属-金属結合を持つスピン量子ビット分子」であり、その電子スピンは3つのコバルト原子にまたがって分布している。またこの分子では、スピンの緩和がフォノン(格子振動)との相互作用によって制御されることが判明し、量子ビットの安定化設計に新しい知見を提供するものとした。
研究チームによれば、今回の成果は、金属-金属結合を持つ多核金属錯体を量子ビット材料として利用できる可能性が示された世界初の例となるという。そしてこれにより、今後、他の金属イオンを用いた新しいスピンクロスオーバー量子ビット材料の開発につながることが期待されるとしている。

