SAPがAIアシスタント「Joule」を中核にAIエージェントを強化している。今年10月に米ラスベガスで開催した年次イベント「SAP Connect 2025」では、SAPの財務向けソリューションであるSAP Financeで、新たに2つのJouleエージェントを発表した。

会期中、SAPでFinanceプロダクトマーケティングのトップを務めるDavid Imbert氏に、新しいJouleエージェントとSAPのJouleエージェントの方針、SAPが進めるビジネススイート戦略について話を聞いた。

  • SAP  head of Product Marketing for Finance David Imbert氏

    SAP head of Product Marketing for Finance David Imbert氏

財務分野で2つのJouleエージェントを発表

SAPはSAP Connectで、Jouleの強化を発表した。1つ目は、簡単な質問に回答するだけでなく、社内のSAPデータと外部の情報を統合して分析やレポートを作成する「Deep Research」、2つ目が業務に特化した役割ベースのアシスタント、3つ目が14の新しいJouleエージェントだ。さらに、カスタムエージェントやスキルを作成できる「Joule Studio」を12月に一般提供することも明らかにした。

Financeに加わる2種の新しいJouleエージェントは、3つ目の新しいエージェントの一部となる。

最初のJouleエージェントは「Cash Management Agent」で、日次の銀行明細の分析、調整業務の自動化、潜在的な現金不足や余剰を見て最適化の提案を行うエージェントだ。Imbert氏によると、SAPの顧客データを使った調査で、手動での調整作業に費やす時間を最大70%削減できると推定しているという。一般提供開始は2026年第1四半期を予定している。

2つ目は国際貿易を分類するエージェント「International Trade Classification Agent」だ。製品特性と貿易規制を分析し、国際輸送のための商品分類を行い、関税番号とコモディティコードを推奨する。世界レベルの貿易規制に準拠し、手作業によるエラーのリスクを削減する。

「例えば、スマートウォッチを分類する場合、それはコンピューターなのか、フィットネストラッカーなのか、時計なのか。これらすべてに異なる関税ルールがある」と、Imbert氏は具体例を挙げる。さらに、同氏は「関税がほぼ毎月、毎週、毎日のように変化している中で、これは明らかに重要だ」と述べ、推定で50%の時間を節約できると説明した。ベータ版は2025年12月に提供開始予定で、一般提供は2026年を予定している。

今回発表された2つのエージェントは、それぞれ財務部門が抱える具体的な課題に対応している。

Imbert氏は5月に開催されたイベント「Sapphire」で発表済みの「Accounting Accruals Agent」に触れながら、「月次締め、四半期締め、年次締めのいずれであっても、自律的なプロセスにする」と狙いを説明した。同じ番号が割り振られた2つの取引が本当に一致しているかを確認するような「ロングテールの活動」を自動化することで「人間はステップを実行するのではなく、プロセスを調整するだけになる」という。

ヒューマン・イン・ザ・ループと透明性が実現する責任あるAI

財務部門にさまざまな作業や業務タスクが存在するが、なぜこれらの業務がエージェント化の対象となったのか。エージェント化の優先順位については、顧客のニーズや課題の度合いなどを考慮しているという。例えば、International Trade Classification Agentでは、米国の関税政策が頻繁に変更するという外部環境の変化を受けて開発を急ピッチで進めたと、Imbert氏は明かした。

SAPが目指しているのは人間の介入なしに財務プロセスが完結すること。財務担当者がJouleに指示をするとAIが自動的に複数の業務を連携して実行する世界を描いているという。

一方で、AIは完全ではない。財務は数字がすべてであり、ミスは許されない。財務分野でのAI活用では精度と信頼性が懸念されるが、SAPはこの課題にどう対応しているのか。

「常にヒューマン・イン・ザ・ループの原則がある」とImbert氏。例えば、International Trade Classification Agentが分類を提案した場合、最終的に人間がイエスかノーの判断を下すため、AIが自動で分類して関税を申告することはないという。

ブラックボックス化を避けるため「文書と推論の透明化」も重要な原則だ。ユーザーは「この推論に至るためにどの関税コード文書を参照しましたか」と聞くことができ、詳細レベルまでドリルダウンできる。「当局や会社のポリシー文書など、実際の文書に書かれている内容に沿っていることがわかる」という。

「SAPはAIを(インターネット上の情報に基づくのではなく)企業データにグラウンディングしている」とImbert氏は強調した。

ベスト・オブ・スイート戦略こそ、AI時代の統合の価値

SAPは2025年に入り「SAP Business Suite」を発表、ベスト・オブ・ブリード(個別最適)からベスト・オブ・スイート(全体最適)へのシフトを提唱している。

ベスト・オブ・スイートについて、Imbert氏は「AI時代において、ベスト・オブ・ブリードのアプローチは機能しない。ビジネスを局所ではなく、全体を最適化することでAIが能力を発揮できるから」と述べる。

そして、「異なるベンダーのソリューションを統合するベスト・オブ・ブリードでは、ポイント・ツー・ポイントで統合することになり、1つでもソフトウェアに変更があればプロジェクトをやり直さなければならない。配管作業に時間を費やすことになる」とこれまでの課題を指摘し、個々のアプリケーションが連携され、データを共有する必要があると主張した。

SAPは、財務部門、サプライチェーン部門、HR部門、営業部門、調達部門など、企業の主要部門をカバーするポートフォリオを持つが、現実には多くの企業が複数のベンダーのソリューションを使用している。SAPはオープンエコシステムポリシーをとっており、APIを公開している。データ側ではDatabricksとの提携により、ゼロコピーでデータを活用できるようにしている。SAP Connectでは、Google BigQueryとも提携を発表した。

今後の開発計画について、Imbert氏は「AIエージェントだけではなく、新しい機能開発も進める」と述べ、エージェント以外の機能強化も継続していることを強調した。さらに「可能な限りの最適化を進め、確実にするために、技術層にも投資していく」と述べた。