【新社長を直撃!】「荒波の海運業界をどう生き抜きますか?」~川崎汽船・五十嵐武宣社長~

トランプ関税の海運への影響

 ─ トランプ政権の関税政策による海運業界への影響について分析を聞かせてください。

 五十嵐 当社の事業でいえば、まずはONE(Ocean Network Express、日本郵船、商船三井、川崎汽船の3社が共同で運航する定期船事業会社)が手掛けているコンテナ船が一番大きな影響を受けています。7月までは、関税が導入される前の駆け込み需要、米中間の相互関税が留保されたこともあり、前年度比でも荷動きは比較的堅調でした。ところが8月に入ってから陰りが見え始めました。

 例年、8月は現地のクリスマスに向けて荷物が動き出すタイミングですが、例年のようなピークシーズンの荷動きは現在のところありません。今後の米中関税交渉動向、その影響の度合いを注視していかねばなりません。

 ─ 衣類や電化製品といった日用品は消費状況にも直結するだけに目配せが必要ですね。

 五十嵐 そうですね。一方、自動車輸送は米国関税導入による影響が懸念されたものの、米国をはじめ、世界各国の底堅い需要に支えられ、自動車メーカーは生産計画を変更せず出荷を続けたため、上期は堅調に推移しました。9月17日から日本から米国に輸出される自動車の関税が15%となりましたので、どのような荷動きになるかは注視していく必要があります。

 また、石炭や鉄鉱石などを運ぶドライバルク船は米国よりも中国の状況次第です。その中で石炭の荷動きは落ちていますが、鉄鉱石と穀物はそれほど落ちていません。基本的には今後も前年並みの荷動きの推移を続けるのではないかと思います。

 ─ 総じて海運業界全体が低迷しているわけではないと。

 五十嵐 ええ。それほど荷動きの面で影響が出てきていないというのが現状です。秋口以降に、米国の金利の動向も踏まえた米国経済・消費動向が見えてきたところで、どのような荷動きになるのかをしっかり見ていかなければなりません。

 ─ その中で海運の役割は。

 五十嵐 海上輸送は世界の貿易量の約9割、日本の貿易量の99.6%を占めており、そのうちの約7割を日本の商船が運んでいます。経済安全保障の観点からも、日本の経済・社会活動、国民の生活に不可欠な役割を担っています。重要な社会インフラとして、その使命を果すことで国益にしっかりと貢献していかなければならないと思っています。

高い海技力を持った船員

 ─ その使命がある中で、川崎汽船の強みとは何ですか。

 五十嵐 まず、当社には豊富な経験・ノウハウに裏付けされた高い海技力を有する海上従業員、船員がたくさんいます。総合海運会社としてコンテナ船や液化天然ガス輸送船、タンカー、自動車船、ばら積み船など様々な船種の運航・管理を通じ、蓄積してきた経験・ノウハウ、高い海技力は当社の強みであり、当社が提供する安全かつ高品質の輸送の礎となっています。

 もう1つは、自社の燃料転換とサプライチェーンの低・脱炭素化支援に向け、当社がこれまで培ってきた造船技術・環境対応力と当社の有する強固な顧客基盤を総合的に組み合わせ、お客様へソリューションを提供する能力「エンジニアリング力」を当社は有しています。この能力を活かし、お客様とのパートナーシップ深化、競争優位性を確立していきたいと考えます。

 ─ 脱炭素は喫緊の課題になっていますからね。

 五十嵐 はい。米国政権による脱炭素政策の転換、各国のエネルギー政策動向の不透明感がありますが、中長期的な「環境対応」の潮流は不可逆的なものと捉え、低炭素・脱炭素化を機会とした環境投資を継続、強化していきます。

 環境対応船でいえば、既にLNG(液化天然ガス)を燃料として使う自動車船を12隻、ケープ船で1隻の計13隻を就航させています。引き続きLNG燃料船の導入を推し進めると同時にアンモニア燃料船、ゼロエミッション船の導入検討も進めることで、自社及び社会の低・脱炭素化支援に努めていきたい。

 ─ エンジニアリングの能力を持っていることが強みだと。

 五十嵐 ええ。当社は世界初の本格的な二酸化炭素回収貯留(CCS)バリューチェーンプロジェクトであるノーザンライツ・プロジェクトへ参画しています。今夏から液化CO2を地底に埋めるための海上輸送の船舶管理を開始しました。船はノルウェーのノーザンライツ社が保有し、3隻の船舶管理を当社が請け負います。

 二酸化炭素(CO2)を回収・輸送・海底に貯留するバリューチェーンの中で、当社のエンジニアリング力が発揮されています。例えば、液化CO2を陸側から船に安全かつ漏れなく充填し、輸送中はドライアイス化しないように徹底した温度管理の下、目的地に輸送する。目的地に到着後は、別の事業者と協働し、陸揚げして地中に埋める。海上輸送だけではなく、予冷を含めたその前後の工程でも厳格な温度管理を行い、しっかりと運用しなければなりません。

 それぞれのパートナー事業者が協働し、成立する当該プロジェクトに参画できたことは、当社が長年従事してきた液化ガス輸送事業を通じて構築されたお客様との強固な関係と、海技力・環境対応力を活かすことができたモデルケースの1つといえます。

 ─ 新たな取り組みを行うためのエンジニアリング力ということですね。これは川崎汽船がインテグレーターの役割を担うということになりますか。

 五十嵐 海上輸送を中心とした部分に関しては、そのように言えると思います。特にCCSにおけるCO2の輸送量は増えていくと思いますし、諸説はございますが、2030年前後にはCO2の貯留需要は全世界で年間10億㌧規模、そのうち海上輸送を必要とするCO2は全体の10~20%で、船舶需要は150~250隻程度という見込みもあります。

カイト(凧)を使った脱炭素の取り組み

 ─ 脱炭素の面で言えば、カイト(凧)を船舶に搭載する計画を進めていますね。

 五十嵐 欧州のエアバス社が始めた自動カイトシステム「シーウイング」という技術を当社傘下の会社が24年2月に引き継ぎました。当初から、革新的なアイデアだと思っていました。風力を利用することは船舶のCO2削減につながる究極的な手段の1つです。

 6月に完了した陸上での第1段階の実証実験では、300平方メートルのカイトを使用して性能検証を行い、良好な結果を確認しました。7月よりさらなる技術確立および実用化に向けて開発の第2段階に入っています。

 第2段階では、カイトのサイズをさらに大きくして陸上試験場で牽引性能と信頼性の確認を実施します。洋上での利用を見据えた操作性と安全性の評価も行った上で、当社が保有・運航する大型バルクキャリアで海上実証実験を実施する予定です。

 2年程度で試験完了、実用化を目標としており、10%以上の省エネルギーの効果を見込んでいます。当社のみならず、お客様の低・脱炭素化に貢献するソリューションになります。

自動カイトシステム「シーウイング」(左上は6月に完了した第1段階の陸上での実証実験)

 ─ 期待が持てますね。一方で、他社では事業の多角化を進める動きもありますが。

 五十嵐 当社の経営理念に「海運業を主軸とする物流企業として」という言葉があります。海運業を主軸としているわけで、海運業しかやらないという意味ではありません。仮に我々が海運とは全く関連のない他の事業を始めたとしても、その事業を本業でやっている方々には勝てません。

 当社が強みとする環境・技術、安全・高品質の船舶管理、DXが活かせる分野、自信を持てる周辺領域への進出は当然、ターゲットとなります。

 ─ 地に足をつけていくということですね。さて、五十嵐さんは海外勤務が長かったと?

 五十嵐 入社9年目から6年間、21年目から2年間と英国拠点に2回駐在し、計8年間をロンドンで過ごしました。群馬県の出身だった私にとって、海外で働きたいという大きな目標がありました。実際に入社して海外駐在をさせていただいたので、もう文句は言えません(笑)。

 私自身、異文化の方々と会話することが好きなんです。もちろん、いろいろな苦労はあります。「えっ?」と思うこともたくさんありましたが、腹を割って話すと思いは通じるものなんですね。そういう経験を何度もさせていただきました。上手にやろうとするよりは、正面から本音でぶつかる方がうまくいく。その重要性を学びました。

 ─ 取り繕うのではなく本音をぶつけ合うと。

 五十嵐 そうですね。本音でしっかり自分の意見として相手に言うことが大事です。それで「これはあなたのためになります」ということも、しっかり言わないといけません。自分のためだけではなく、相手にとってもプラスになるという視点を常に持たなければなりません。そうすると結構通じるものなのです。

 ─ 提案能力ですね。

 五十嵐 ええ。提案力・提言力です。「いま、これをお考えいただかないと、将来ご苦労することになると思って申し上げているのです」と言わなければ「自分の都合で言っているだけでしょ」となります(笑)。

海事クラスターの復活へ

 ─ 五十嵐さんは世界のつながりを経験したわけですが、足元では世界で分断・分裂の様相が濃くなっています。経済に与える影響をどう分析しますか。

 五十嵐 世界の今までの政治・経済の秩序がもう一度、つくり直される、その過程にあると思っています。経済の重心も含めて世界が変化していく中でパワーバランスも動くことになるでしょう。新しい落ち着き所を探し出すまでは、ちょっとドタバタするのではなかろうかと。

 そう考えると、今まで以上にリスクの振れ幅が大きくなるので、今後の経済が良くなるか悪くなるかは、なかなか見通すことができません。ただ、そういったことを考慮して、幅の広いシナリオに備えておくこと、リスク管理が重要になってくると思います。

 一方で、妙にリスクを恐れ、挑戦しないのも困ります。逆にリスクを取り過ぎても足元をすくわれてしまうことになりかねません。その辺りのバランスの取り方が重要になるでしょうね。

 ─ トランプ政権では造船業を復活させる動きがあります。日本の海運業と造船業の連携はどう進めていくべきですか。

 五十嵐 先ほど申し上げましたように、海運は日本の社会や経済にとって重要な社会インフラです。そのインフラを支える造船所や舶用機器メーカー、船舶金融など日本には未だ有機的な海事クラスターが存在し、十分な強さを維持しています。

 日本海事クラスターが世界単一市場で強さを今後も維持できるよう、我々もしっかり手を携えてオールジャパンで協力・協働していきたい。その中で米政府や韓国と、どのように協力・協働していくのかも考えられると思います。

日米協会会長・藤崎一郎【シリーズ連載】 混沌期の中、日本の針路を探る