サイボウズが大阪で開催した、ノーコードで業務アプリを構築できる「kintone」のユーザーイベント「kintone hive osaka」では、学童保育という珍しい活用事例が紹介された。

登壇したのは、ときわ学童三明クラブの保護者として運営に携わる吉崎正浩氏。本職でkintoneを11年使ってきた経験を生かし、保護者28世帯が運営する学童保育にkintoneを根付かせた取り組みを語った。

  • ときわ学童三明クラブ 吉崎正浩氏

    ときわ学童三明クラブ 吉崎正浩氏

28世帯で運営する学童保育をデジタル化したい

ときわ学童三明クラブは大阪市阿倍野区にある学童保育で、28世帯31名の子どもが通っている。運営しているのは、28世帯の保護者と正規指導員2人。平日の放課後と土曜日に保育を行い、年間を通じてキャンプ、けん玉大会、ドッジボール大会などさまざまなイベントを開催している。

同クラブの運営主体となる保護者はそれぞれ別の本職を持つ。スキル、職種、年齢はバラバラで、直接会う機会は限られている。保護者は月1回2時間未満の運営委員会に集まり、学童運営のすべてを決定している。吉崎氏は「小学生の保護者ということのみが共通点」と話す。

そのような学童運営になぜkintoneを導入しようと思ったのか。

吉崎氏は当時を振り返り、次のように課題を挙げた。まずは大量の紙資料。保護者は学童にいないため確認できず、一部は係が独自ファイルで運用を行っていた。LINEグループで議論しているものの、他の係の動きが見えないという課題もあったという。ITツールが全くないため、後で振り返ることもほぼ困難な状況だった。

そのような運用を変えようと、本職でkintone歴の10年以上の吉崎氏が飲み会の席で提案を名乗り出た。2021年12月のことだ。

提案の際はメリットを示し不安を和らげる

飲み会で吉崎氏が「学童運営のデジタル化を提案する」と発言し、ときわ学童三明クラブがkintoneの運用を開始するまで、その間わずか5カ月。「一気に駆け抜けた」と吉崎氏。以下のように、導入までの流れを説明した。

2021年12月の飲み会から3カ月の準備期間を経て、吉崎氏は2022年2月の運営委員会で正式に提案。父母側、指導員側、それぞれに対し、kintoneがもたらすメリットを示しながら、「kintoneというアプリがあるので導入しませんか?」とプレゼンを行った。

  • kintone導入前の課題

    kintone導入前の課題

吉崎氏は学童保育を利用して6年目であることから学童の運用を熟知しており、kintoneでどんなアプリを作ればどう便利になるかを見通すことができた。プレゼンの際は、電子化推進、意思決定の迅速化、見える化、電子ファイルアーカイブといった効果を訴求し、最終的には「保護者の時間を削減して、課題の検討に時間を使える学童運営にしたい」と伝えた。

導入に向けて吉崎氏が強調したのは、「kintoneの管理、アプリ作成、トレーニングなどはすべて自分が担当する」「今の運用手順は変えずに楽になる」「必要なアプリは早々に準備する」の3点だ。

とにかく関係者の不安を和らげることに注力し、1カ月間の試用期間に入った。

試用期間では、吉崎氏が数日間で10個程度のアプリを一気に作成した。試用期間中に学童代表がkintone利用を積極的に推進してくれたことは大きかった。「資料を作ったのでkintoneに展開します、見てください」などと、kintoneを必然的に使う環境を作ってくれたという。そうやって、試用期間の後に正式導入が決定した。2022年3月のことだ。

大人が使う議事録や出欠連絡アプリだけではない、小学生もkintoneユーザーに

2022年4月、導入の契機となった飲み会から5カ月で本格運用が開始した。吉崎氏は活用が進むよう、いくつかの仕掛けを作った。

まず、新入生が入る時期であることから、新入生の保護者を対象としたkintone説明資料を作成し、ブラウザとアプリそれぞれにおけるレコード登録方法を説明した。こうやって、新たに運用に加わる保護者がスムーズに操作できるように支援した。

7月にはアプリ作成方法の資料も作成し、一部の保護者に自分でアプリを作ってもらう環境を整えた。

現在、ときわ学童三明クラブでは指導員の勤怠はタイムカードアプリ、紙のファイルは電子ファイルと、それぞれアプリを作って管理している。月1回の運営委員会の議事録も専用アプリで管理している。

また、それまでイベントの写真は、無料のクラウドサービスに管理者のみがアップロードしていた。つまり、父母がそれぞれ撮影した写真を管理者が集める必要があった。今は、kintoneに写真を共有するアプリを用意し、各自が自由に写真をアップロードしているという。

子供の出欠連絡においてもkintoneは活躍している。それまで父母が電話やメールで個別に指導員に連絡していたが、kintoneで作成した出欠アプリで連絡する形に変更。指導員は一目で管理できるようになり負担が減った。

アプリ作成依頼のアプリも用意した。こんなアプリを作ってと言う要望をアプリから送ると、吉崎氏が作成するというものだ。

吉崎氏が「最も紹介したいアプリ」として見せたのが「タダレン」だ。このアプリのユーザーは父母や指導員ではなく、子どもたちだ。

子どもが学童に到着すると、設置してあるタブレットで子ども自身が操作して情報を登録する。「学童に帰ってきました」「学童から習い事に行きました」「習い事からまた学童に戻ってきました」「学童から家に帰りました」という4つの状態を記録する。「子どもは喜んでやります。すぐに覚えます」と吉崎氏。「うちの学童の子どもたちは今からkintoneの英才教育を受けているので、大きくなるとヘビーユーザーになるんじゃないか」と笑った。

  • 子どもたちが使いこなしているアプリ「タダレン」

    子どもたちが使いこなしているアプリ「タダレン」

タダレンの効果は絶大だ。保護者は子どもがちゃんと学童に来ているかどうか心配だが、スマートフォンアプリからタダレンにアクセスすれば、リアルタイムで子どもの状況がわかる。

平均7割のユーザーが毎日アクセス「kintoneは基幹アプリ」

このようにアプリを紹介した後、吉崎氏はkintone導入の効果をまとめた。

まずは、「基幹アプリ」としてのkintoneだ。連絡、コミュニケーション、資料の共有や保管などを通じて紙の資料が大幅に削減された。

次に、子供の状況、写真などの共有により学童の見える化が進み、より身近な存在になった。また、kintone内で保護者同士がいつでも連絡を取れるという安心感も挙げる。そして、いつでも・誰でも・どこからでも資料にアクセスできるという利便性もある。

導入効果は数字にも現れている。28世帯の保護者と2名の正規指導員で約30IDを運用しているが、2025年5月の集計では1日平均24.3件のアクセスがあった。日曜日は学童が開いていないにもかかわらず、毎日平均7割弱のユーザーがアクセスしている計算になる。

  • kintonenのアクセス数。毎日平均7割弱のユーザーがアクセスしている

    kintonenのアクセス数。毎日平均7割弱のユーザーがアクセスしている

「kintoneは基幹アプリとして学童内で浸透している」と吉崎氏。2022年2月の提案時に掲げた効果はほぼ全て達成されているという。

保護者からは「毎年係が変わるときの引き継ぎに役立っている」「連絡漏れがなくなった」という声が、また、指導員からは「一度作れば再利用できて便利」「保護者との連絡がkintoneだけで可能になり、わかりやすい」「外出中でもスマホ経由でアクセスできる」という声が寄せられているそうだ。

有料プラグインは一切なし、引き継ぎを見据えた設計

さて、ときわ学童三明クラブのkintone導入では、有料プラグインや難しいコードを一切使わずに運用している。これは吉崎氏自身が1年後に学童を卒業することを見据えた判断によるもので、「より簡単に引き継いでもらえるように」という配慮からだ。「難しい使い方をしていないので、後任の心配はない」と言い切る。

今後については「わかりやすさや使いやすさにこだわりたい」と吉崎氏。また、検索AIやアプリ作成AIなど新機能の活用も検討している。実際、検索AIを議事録で使ってみたところ、AIを使う前提でデータを入力していないこともあり正答率が良くなかったとのことで、使い方を模索したいそうだ。

吉崎氏はサイボウズへの期待として、「アプリの機能充実」を挙げた。「保護者は基本的にスマホアプリでkintoneにアクセスしている。アプリの機能充実をお願いしたい」(吉崎氏)

最後に吉崎氏は、会場のkintoneユーザーに向かって「今やっていることがものすごいことではなくてもいいので、ぜひやり続けてほしい」とメッセージを送った。