埼玉大学、基礎生物学研究所(NIBB)、科学技術振興機構(JST)の3者は9月30日、食虫植物の「ハエトリソウ」(Dionaea muscipula)の機械刺激で活性化するタンパク質「DmMSL10」が、昆虫などの動物に触れられたことを感知する触覚センサーとして機能していることを解明したと共同で発表した。
-

ハエトリソウの接触刺激感知と運動。ハエトリソウの葉は感覚毛で接触刺激を感知すると、葉全体にCa/電気の両シグナルが伝播する。これが葉全体に2度伝わると、左右の葉が閉じ合わさって獲物を捕獲する。(出所:NIBB Webサイト)
同成果は、埼玉大大学院 理工学研究科の須田啓助教、同・浅川裕紀大学院生、同・萩原拓真研究員、同・豊田正嗣教授(サントリー生命科学財団・SunRiSE Fellow兼任)、NIBBの長谷部光泰教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のオンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
200年以上にわたって未解明の謎に迫る
北アメリカの湿地帯に生息するハエトリソウは、葉身を高速で閉じて昆虫などを捕獲し、栄養とする食虫植物だ。葉身にある6本の感覚毛細胞を用いて、獲物からの接触刺激を感知する仕組みを持つ。この感覚毛は、獲物に触れられると付け根付近のくびれを起点に折れ曲がるもので、これにより接触刺激が感知され、葉全体にカルシウム(Ca)イオンと電気の両シグナルが伝わる。そして感覚毛への2度の刺激で両シグナルが葉に2回伝わると、葉を閉じる運動が起こる。この機構は発見から200年以上もの間、チャールズ・ダーウィンら多くの研究者によって調べられてきたが、細胞レベルで接触刺激を感知する詳細な仕組みは不明なままだった。
そこで研究チームは今回、細胞内のCaイオン濃度に応じて輝度が変化するバイオセンサ「GCaMP6f」を導入したハエトリソウを用いた実験に着手。さらに、深部を生きたまま観察可能な二光子顕微鏡と、生体内部の電気信号を測定できる電気生理装置を組み合わせ、感覚毛について細胞レベルでCa/電気の両シグナルを同時に観察できるシステムを構築し、接触刺激をどのように感知しているのかを観察したという。
-

Ca/電気の両シグナルの同時測定システム。接触プローブで感覚毛に接触刺激を与えながら、二光子顕微鏡で組織深部のCaシグナルを測定し、同時に、細胞に挿入した電極で1細胞レベルでの電気シグナルを測定可能。(出所:NIBB Webサイト)
そして、感覚毛を小さく曲げて弱い刺激を与えて観察したところ、曲げによって引っ張られた細胞周辺のみに伝わるCaシグナルと微弱な電気シグナル(受容器電位)の発生が確認されたとのこと。一方、大きく曲げて強い刺激を与えると、葉全体の長距離に伝わる強い電気シグナル(活動電位)が発生し、加えて長距離に伝わるCaシグナルも発生した。なおこの際、感覚毛は曲げられた角度と、速度を検知していることが判明した。
-

強弱の両刺激に応じた、ハエトリソウの感覚毛のCa/電気シグナル。(上段)感覚毛に弱い刺激を与えると、刺激を受けた細胞とその周辺でCaシグナルが見られ、遠くへ伝わらない電気シグナル(受容器電位)が発生。(下段)一方、強い刺激を与えると、活動電位が発生して遠くまで伝わり、さらに葉身まで伝わる長距離Caシグナルも発生。(出所:共同プレスリリースPDF)
さらに、曲げられた際に最初にCaシグナルが発生する細胞をレーザーで除去したところ、Caシグナルの長距離伝播は起こらなくなったとのこと。これは、この細胞がCaシグナルの長距離伝播に必須であることを示すとする。
次に、接触刺激の感知に関わる分子を解明するため、ハエトリソウの感覚毛で多く発現していることが知られていた「MECHANOSENSITIVE CHANNEL OF SMALL CONDUCTANCE-LIKE 10」(DmMSL10)遺伝子が着目された。この遺伝子は、細胞膜が伸展することによって活性化し、イオンを透過させるタンパク質をコードするものだ。
そこで、その機能を破壊した「DmMSL10破壊株」を作製し、感覚毛を曲げた際の応答が調べられた。すると、強い刺激を与えても、長距離のCaシグナルや活動電位が発生しないことが判明。また、野生株では受容器電位がしきい値を超えると活動電位が発生するのに対し、DmMSL10破壊株では同じ刺激でも野生株より受容器電位が小さく、活動電位が発生しないことも観察された。
これらの結果から、ハエトリソウは「受容器電位がしきい値を超えた時に活動電位が発生する」という動物の神経と類似した仕組みを持つことが判明した。加えて、感覚毛に触れられた際の受容器電位の形成には、DmMSL10が重要な役割を果たしていることが推測されるとした。
-

DmMSL10破壊株の接触刺激に対する応答。(左)DmMSL10破壊株では、強い刺激を与えても活動電位が発生せず、Ca/電気シグナルが葉身まで伝わらない。(右)これは、DmMSL10破壊株で起こる受容器電位が野生株より小さく、活動電位が起こらないことが理由だった。(出所:共同プレスリリースPDF)
さらに、野生環境下でDmMSL10が獲物の感知に役立つのかを調べるため、生態系を模倣した環境を構築し、歩き回るアリの存在をハエトリソウが検知できるのかが調べられた。すると、DmMSL10破壊株では、アリが感覚毛に触れた際に長距離のCaシグナルの発生確率が低いことが明らかに。またDmMSL10破壊株では、アリの捕獲率も低い傾向にあったことから、DmMSL10は獲物が引き起こすわずかな接触刺激を見逃さない高感度な検知システムに必須であることが確認された。これらの結果から、ハエトリソウは、動物が持たないDmMSL10遺伝子を使って、動物と類似した仕組みの触覚を利用していることが解明されたのである。
-

DmMSL10破壊株の捕虫機能。アリ(紫)が感覚毛に触れた時の応答(白矢印)を観察したところ、野生株(左)では虫を感知してCaシグナルが葉全体に伝播したが、DmMSL10破壊株(右)では虫を感知できないケースもあった。(出所:NIBB Webサイト)
研究チームによれば、接触刺激を感知する植物の触覚はさまざまな植物で知られており、他の植物でもハエトリソウと同様の仕組みを用いている可能性があるとのこと。そのため今回の成果は、動物とは異なる植物の感覚の解明に向けた大きな一歩になることが期待されるとしている。