生成AIの登場によって、AIの実務利用が急速に広がるなか、次なる進化として注目を集めているのが自律型AI「AIエージェント」です。単に文章などのコンテンツを作るだけでなく、“自律的に考え、判断し、行動する”この技術は、ビジネスの現場にどのような変化をもたらすのでしょうか。
前編となる本稿では、その基本的な仕組みについて解説するとともに、実際の活用状況や成果を踏まえながらAIエージェントの可能性に迫ります。
判断し行動する自律型「AIエージェント」とは?
AIエージェントとは、定義はさまざまありますが、特定の目的を持ち、自律的に判断・行動するAIのシステムを指します。2024年に米国のテクノロジー企業を中心に続々とサービスの提供が開始され、本格的な普及が始まった新しい技術です。
このAIエージェントについて、Salesforceの最高経営責任者(CEO)のマーク・ベニオフ(Marc Benioff)は、“予測”“生成"に続くAI革命の「第三の波」と位置づけており、労働生産性を「かつてない次元で向上させる技術」として大きな期待を寄せています。
近年のAIの進化を振り返ると、まず予測を得意とするAIが登場し、次に大きく注目を集めたのが生成AIです。その特徴は、文章や画像、映像といったコンテンツを生み出す能力にあり、いわゆる“コンテンツ生成”に強みがあります。
その次の“第三の波”であるAIエージェントはそうした生成機能に加えて、自ら状況を判断して、自動または半自動的に行動することができる、その点が生成AIとの大きな違いです。
両者を比較すると、生成AIの場合、質問を投げかけるとそれに対して直接的な回答が返ってくるという非常にシンプルなやり取りが基本です。わかりやすい例としては、「この文章を要約して」と入力すると、要約文が返ってくるといったようなものです。
それに対しAIエージェントは、例えばカスタマーサポートで、製品の使い方について不明確な問い合わせを受けた場合、AIエージェントからその内容を確認する質問をするなど、対話を通じてお客さまの意図をより正解に理解しそれに適した解決策を示そうとします。
生成AIは、主に学習したナレッジ(知識)と必要に応じてRAG(検索拡張生成)等の技術を組み合わせて外部から事前に与えられたデータをもとに応答します。これにはインターネットや企業内データベース等の情報も含まれますが、基本的に与えられたデータであって、リアルタイムでの能動的な外部データへのアクセスはありません。
一方で、AIエージェントは、ユーザーの指示や状況に応じて、外部のリアルタイムデータソース(例:Web API、CRMなど)に自らが判断、アクセスして、情報を取得・処理し、より目的に沿った応答やアクションを実行することができます。
技術的な側面でいえば、生成AIは比較的シンプルで、基本的には言葉を理解・生成する大規模言語モデル(LLM)という技術を中心に構成されているので、操作や導入が容易です。
それに比べてAIエージェントはやや複雑な構成になっています。LLMに加え、状態管理の仕組みや外部ツールとの連携機能、さらに意思決定を行うための推論エンジンなど、複数の技術を組み合わせて動作しており、導入には設計や設定が求められます。
“作る”から“考える”へと進化するAIの用途
以上を簡潔にまとめると、生成AIは“指示に従って作るのが得意”、AIエージェントは“考えて自律的に動くのが得意”ということになります。
そのうえで、AIエージェントの具体的な用途としては、先述の「カスタマーサポートの自動化」のほか、以下が挙げられます。
- 返信文案の作成やミーティングの日程調整などを行う「営業支援」 -ITサポートなど社内の問い合わせ対応を担う「社内ヘルプデスクの自動化」 -経費精算などの社内手続きの際、コンシェルジェ的な役割で社員に対して案内し、必要なツールの起動までをサポートする「社内業務の最適化」 -ソフトウェアのプログラムの作成から内容の確認、登録までを支援する「プログラム開発の支援」
なかでも、現時点でAIエージェントの活用例として多く見られるのが、効果が可視化しやすい「カスタマーサポート」と「営業支援」です。これらの領域はもともとデジタル化が進んでいましたが、AIエージェントの登場によってさらに大きく変化しつつあります。
柔軟な対応力で変わるカスタマーサポートと営業支援
具体的に、カスタマーサポートでは問い合わせ内容をもとに担当者に対応方針を提案したり、過去の対応履歴から類似事例を引き出したりする方法で支援が行われます。
従来カスタマーサポートで広く使われてきたチャットボットは、「この質問が来たらこう答える」といったあらかじめ定められたルールに基づいて動作するのが基本でした。そのため、想定外の質問にはうまく対応できず、人間による対応に引き継がれるケースが多く見られました。
それがAIエージェントなら、事前に細かくルールを定義しなくても、質問の意図を自ら理解し、状況に応じて柔軟に対応できます。
例えば、質問内容からその緊急度や重要度を理解して「これは人間に引き継いだ方が良い」と自動で判断し、適切なタイミングで人に引き継ぐ対応も行えます。こうした自律的な判断と行動こそが、AIエージェントの最大の強みであり、その一方で、誤った応答や想定外の行動を防ぐための制御の仕組み「ガードレール」も備えられているため、安心して活用することができます。
営業支援の領域でも、同様の進化が見られます。これまでも生成AIを活用して、お客様のメールを要約したり、情報を整理したりすることは行われてきましたが、AIエージェントはその一歩先を行きます。
例えば、お客様から新製品についての問い合わせメールが届いた場合、AIエージェントが内容を理解し、「このように返信するとよいのではないか」と営業担当者に提案したり、場合によっては顧客に適した返信文を自動で作成し、送信するところまで担ったりすることもできます。
さらに、商談の履歴や顧客とのやり取りをもとに次に取るべきアクションを提示したり、優先順位の高い顧客を抽出してアプローチを促したりするなど、営業活動の効率化に大きく寄与します。
このようにルールベースでは対応が難しかった複雑な業務にも対応できるAIエージェントですが、業務の現場でその力を最大限に引き出すには、業務システムとの連携が不可欠です。例えば、顧客管理(CRM)システムと連携することで、蓄積された顧客情報を活用し、より精度の高い提案やパーソナライズしたサポートが実現できます。
AIエージェントは、カスタマーサポートや営業支援など、特定の業務プロセスに組み込む形で採用されていて、導入の目的や規模に応じてさまざまな領域へと広がっているのです。
お客さまの成功と業務効率の向上を両立させる成果
AIエージェントの仕組みはユーザーのビジネスを理解しながら自律的に判断・行動し、人と連携して業務を遂行するもので、弊社内で最も活用が進んでいるのも、カスタマーサポートの部門です。
セールスフォース・ジャパンでも、2024年10月にグローバルのヘルプサイトにおいて自社のAIエージェント・プラットフォームであるAgentforceを導入し、24時間365日対応のAIエージェントによるサポートの提供を開始しました。
具体的な実績として、Salesforceのヘルプサイトには年間6000万件の訪問があり、サポートチームには年間200万件を超える問い合わせが寄せられています。その中で、AIエージェントは導入からわずか6カ月で50万件の対話を処理し、現在では累計100万件に達しています。
また、全体の85%の問い合わせをAIエージェントが自動で解決しており、人間のサポート担当者への引き継ぎはわずか5%にとどまっています。その結果、お客さまはこれまで以上に迅速に必要な回答を得られるようになりました。
こうした実績からも、AIエージェントが業務効率と顧客満足度の向上という二つの価値を両立させていることがおわかりいただけるのではないでしょうか。
さらに、繰り返しの多い定型業務をAIエージェントに任せることで、人はより高度で複雑な判断や、創造性・戦略性が求められる業務に集中できるようになります。この“AIエージェントの力"は、これからの働き方を進化させ、社会全体をより良い方向へと導く原動力になると私たちは確信しています。
後編では、“デジタル労働力"の観点から、こうしたAIエージェントが人間の働き方にどのような変革をもたらすのか、導入や運用の実践的なポイントとあわせて詳しく紹介します。
著者 稲垣 巖(いながき いわお)
株式会社セールスフォース・ジャパン 常務執行役員 カスタマーサクセス統括本部 テクニカルサポート本部長。ソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタートし、クラウド技術の普及とともにサポート領域へ転身。2022年7月より現職。Agentforceはじめ、Salesforce全製品の技術サポートを統括。日本語・韓国語対応チームをリードし、導入後の技術支援や障害対応など、顧客の安定運用を支える役割を担っている。