順天堂大学は9月2日、デングウイルスや日本脳炎ウイルスなどの蚊が媒介する「フラビウイルス」が、蚊の唾液に含まれている「トール様受容体2(TLR2)リガンド」を“おとり”として利用し、感染の早期進行、全身への拡散、そして重症化といった病原性を獲得していることを、マウスを用いた動物実験から明らかにしたと発表した。

同成果は、順天堂大大学院 医学研究科 ウイルス学の鈴木達也准教授、同・岡本徹主任教授らを中心に、大阪大学、北海道大学、国立健康危機管理研究機構などの約20名の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、生命科学などを扱う学術誌「Cell Reports」に掲載された。

ヒトの免疫メカニズムを逆手に取ったウイルスの戦略

デングウイルスや日本脳炎ウイルス、ジカウイルス、ウエストナイルウイルスなどのフラビウイルスは、ウイルスに感染した蚊やダニといった節足動物がヒトの血を吸うことで感染する。日本では感染例は少ないものの、デングウイルスのように、東南アジアや中南米などを中心に世界で毎年約4億人が感染するウイルスもある。近年では、そうした流行地域で感染し、日本に帰国後に発症する「輸入感染」も増えており、日本国内でも注意を要する。

フラビウイルスの仲間には、特効薬が存在しないという大きな課題があり、罹患時の治療は発熱や痛みなどを緩和する対症療法が中心となる。複数のフラビウイルスに共通して効果のある薬やワクチンの開発が望まれるが、実現にはウイルスの性質や体内での増殖メカニズムなどを詳細に解明する必要がある。

本来、ウイルスの感染はヒトからヒトへと直接感染する方が効率的だ。それにもかかわらず、フラビウイルスは蚊などを介して感染するという非効率的な方法をとる。なぜそのような方法をとるのか、その理由は不明な点が多い。そこで研究チームは今回、蚊の唾液に含まれる免疫刺激物質に着目したという。

蚊の唾液には、吸血を円滑に行うため、血液の凝固を防ぐ成分や、かゆみや痛みを抑制する成分が含まれている。近年の研究で、この唾液がウイルスの感染を手助けする可能性が示唆された。そこで今回の研究では、蚊の唾液がフラビウイルスの人体への侵入を助ける可能性を考慮して進められた。

  • 蚊の吸血がもたらす作用

    蚊の唾液には、ウイルスの感染や重症化を促す作用がある(出所:順天堂大Webサイト)

人体の免疫は、「自然免疫」と「獲得免疫」の大きく2種類に分けられる。このうち、ウイルスや細菌などの異物を素早く察知して反応する自然免疫において、中心的な役割を果たすのがセンサタンパク質のTLRだ。TLR2はその一種で、細菌の膜成分などを認識して免疫のスイッチを入れる働きをするといい、これにより免疫細胞が集まり、炎症反応が起こるのである。そして蚊の唾液に含まれているのがTLR2リガンドで、これはTLR2に結合して免疫スイッチを入れる分子である。

今回の研究では、蚊の唾液やTLR2を刺激する人工物質「Pam3CSK4」がフラビウイルスと共にマウスに投与され、その反応が調べられた。その結果、感染の早期進行、全身へのウイルスの拡散、そして重症化が促進されることが確認され、蚊の唾液がウイルス感染を助けていることが実証されたのである。さらに、蚊の唾液が免疫細胞の好中球を呼び寄せ、その好中球がウイルスの感染しやすい単球やマクロファージを引き寄せることで、ウイルスが効率よく体内で増殖する手助けをすることも突き止められた。

これまでも、蚊の唾液がフラビウイルスの感染を手助けする可能性は指摘されてきた。今回の研究では、蚊の唾液がフラビウイルスの感染力を高める仕組みが明らかにされた。TLRの仲間は本来、ウイルスや細菌などの異物を感知し、人体を守るために働く仕組みだ。しかし、フラビウイルスは蚊の唾液を利用してあえてこの免疫の仕組みを逆手に取り、自らの感染を広げるという、極めて巧妙な戦略を採用しているのである。

  • 蚊の唾液がウイルスの感染や重症化を促す流れ

    蚊の唾液がTLR2を刺激することで、フラビウイルスの感染や重症化が促進されることがわかった(出所:順天堂大Webサイト)

今回の発見は、将来的に蚊の唾液の働きを抑制し感染を防ぐ、新しい治療薬やワクチンの開発につながる可能性がある。例えば、蚊に刺されてもウイルスの広がりを抑える塗り薬や、唾液の免疫への影響を防ぐワクチンの開発などが期待される。

近年、気候変動や国際的な人の移動により、蚊の生息域が世界的に拡大している。その結果、デング熱やジカ熱など、蚊が媒介するフラビウイルスの感染するリスクは、日本人にとっても身近なものとなりつつある。今回の研究は、「蚊は単にウイルスを運ぶ存在ではなく、その唾液が感染の行方を大きく左右する」という新たな視点を提示し、感染症研究に新しい可能性をもたらすものとしている。