夏、真っ盛り。今年は、いや、今年「も」とてつもなく暑い。毎年のように聞くような気もするが、今夏は“記録的猛暑”だといい、いくつもの地域で過去最高気温が記録され、これからの時期も厳しい残暑が続くと予想されている。

これほどの暑さだと外出も億劫になるが、お盆の時期も過ぎ、日々の通勤のために電車で移動する人も多い。気付けば残り少なくなった夏休みを終え、もうすぐ通学を再開することになる学生たちにとっても、移動時の暑さは体調管理の上で無視できない問題となる。

その暑さが問題となる場面の1つが、地上駅での電車の待ち時間だ。太陽に照らされた熱気に包まれながら地上のホームで電車を待つ間には、身体の至る所から汗が噴き出す。その対策としてホーム内に設置されている待合室は、夏の暑さに限らず、冬には寒さをしのぐためにも重要な役割を果たすのだが、空調効果を維持するために密室になっていることから、閉塞感や不安を感じて“入りづらさ”を感じる人は少なくない。また荷物で両手が塞がっている場合や歩行に不安を抱える高齢者にとっては、“扉を開ける”ことがハードルとなり利用を避ける場合もあるとのこと。さらに駅によってはホームの面積が限られるため、安全確保を理由にそもそも待合室の設置自体ができないという課題も残されている。

こうした課題を抱える鉄道会社の悩みを受け、パナソニック 空質空調社(以下、パナソニック)は、省スペースかつ開放的なホーム待合ブースの実現に向けて開発に取り組んでいる。家庭用・業務用を問わず空調設備に関するさまざまな知見を有する同社が、駅ホーム内の課題を解消する新たな方策として開発したのは、“扉の無い待合ブース”。前面が解放され、いわばただのベンチのような状態でありながら、従来の待合室のような涼しさを実現し、さらにはエネルギー効率も向上させるというこの手法には、快適な空調を追い求めノウハウを蓄積してきたパナソニックによる工夫の数々が凝縮されていた。

  • “扉の無い待合ブース”とは?

    パナソニックが提案する“扉の無い待合ブース”とは?(出所:パナソニック)

暑さ対策と安全確保のジレンマに悩む鉄道業界

暑さ・寒さからの“避難所”として有効な待合室だが、前述したように駅によってはホームの面積が限られ、待合スペース用の個室が設置できないケースは多い。特に現在では国内人流の増加に加え海外からの旅行者も増えており、観光地などでは多くの乗客がホームに押し寄せ、広い面積を必要とする個室待合ブースの新設には根強い懸念が残されているという。

そして今夏を迎えるにあたり、そんな課題に真正面からぶつかったのが、大阪・関西万博において主要交通手段としての役割を担うこととなった大阪メトロだった。会場最寄り駅として新設された夢洲駅の乗り入れ路線は、大阪メトロ中央線のみ。会期中には多くの乗客が集中することから、ホーム面積確保のため待合室やベンチの撤去が計画されたというが、それでは暑さ対策が疎かになることに。そこで今般大阪メトロでは、かねてより“空気の流れを使った新たなソリューション”の提供などで連携していたパナソニックと共同で、省スペースで暑さ対策を行える新発想の待合スペースに関する実証実験を開始するに至ったとする。

  • 駅のホームに設置されたパナソニックの待合室

    朝潮橋駅のホームに設置されたパナソニックの待合室。省面積設計によりスペースが広く残されている(出所:パナソニック)

扉が無いのに省エネ! 高効率を実現する仕組み

パナソニックが提案するのは、“扉の無い駅待合ブース”。個室のものに比べてブースの幅が半減され、ホーム上に広い空間を残すことで安全性を確保するという。しかし重要なのは、暑さ対策としての有効性。扉が無く密閉性は皆無と言える待合ブースだが、果たして空調による涼しさは感じられるのだろうか。

  • 扉の無い駅待合ブースを利用する様子

    扉の無い駅待合ブースを利用する様子(提供:パナソニック)

今回取材したパナソニック 空質空調社 IAQ事業部 R&Dセンター 空質空間開発部 空間システム開発課 研究一係の須藤良太係長によれば、利用者への冷房効果は間違いなく感じられるとする。しかもそれだけではなく、空調としてのエネルギー消費の面では個室型よりも効率的だというのだ。一見信じがたいようにも思えるが、同社の知見を活かした「気流コントロール」と「外風対策」という2つのシンプルな技術によって実現されたとのこと。そして古来から変わらぬ「頭寒足熱」の考えに沿った、効果的な冷やし方も重要だとしている。

扉の無い待合ブースの特徴は、空調の「吹き出し口」と「吸い込み口」が存在する点だ。夏場には、空調機からの冷気が背もたれ上部から吹き出し、湾曲した内天井にぶつかった後に、座席の頭上から降り注ぐ。頭部を冷やした冷気は、その特性によって下へと落ちていき、背もたれ辺りに位置する吸い込み口から空調機へと戻っていく。これにより、少ない風量で効果的に頭部を冷やせる上、吸い込み口から取り入れた冷気を再利用できるため、空気の冷却に要する電力消費量も抑えることができるのだという。

  • 扉の無い駅待合ブースの技術概要

    扉の無い駅待合ブースの技術概要。夏には冷気を頭上から背中へ、冬には暖気を足元から背中へと循環させる(提供:パナソニック)

また、冬になればこの待合ブースは似た仕組みで暖房としての役割も果たすとのこと。暖気は足元にある吹き出し口から放出され、背中部分の吸い込み口から吸引されるといい、冷気が溜まりやすい足元を重点的に暖めることで、効率的な暖房効果を発揮するとした。

  • 実証実験のパフォーマンスデータ概略

    実証実験のパフォーマンスデータ概略。冬には足元を暖め、夏には頭部を冷やすことで、効率的な空調を実現したとする(提供:パナソニック)

なお須藤氏によると、冷房時と暖房時では風量や風速が異なるのだという。冷房時には扇風機のような気化影響を利用した冷却を行うため、強い風を吹き出すとする一方、暖房の際には風速をなるべく弱め、足元に溜まった暖気が自然と上がって吸い込み口へと向かうことで、上体も含め暖かさに包むとする。

またもうひとつの設計工夫として、外風の影響を受けにくい設計にも注力。最小限の専有面積を維持しつつも冷房効果を高めるため、二重天井を採用したという。シンプルな天井構造の場合、外部の風を受けると気流は上方へと流れ、冷たい空気であっても発散していってしまうとのこと。しかし内天井があることで冷気の発散が避けられ、頭部を冷やし続けられるとした。

  • 「ゾーニング空調」で重要な2つの技術

    頭部を重点的に冷却する「ゾーニング空調」で重要な2つの技術(提供:パナソニック)

実証実験の会場は万博会場にほど近い朝潮橋駅

長年にわたって空調設備を開発・提供してきたパナソニックの知見が活用された、新発想の待合ブース。今回の大阪メトロと共同での実証実験では、夢洲駅から3駅離れた「朝潮橋駅」に設置され、実利用を通じてアンケートによる調査が実施された。

万博の開催によって運行本数が増え、乗降者数も増加すると予想されることから選定されたこの場所での運用。実証実験自体は2025年2月に開始され、10月ごろまで行われる予定だというが、現時点までのアンケート結果では、肯定的なものから否定的なものまで概ね期待していたの範囲内のコメントが集まったという。

その中では、空調効果やドアが無いことによる利用の便利さに加え、匂いに関する懸念の解消や、“頭は冷やしつつ脚を冷やさない”という点で健康面でも肯定的な意見が見られたとする。また否定的な意見では、強風時の暖房効果や温度差の問題などが寄せられていたといい、これらについては今後の開発でなるべく解消できるようアプローチしていくとのことだ。

  • 実証実験のアンケート結果

    実証実験のアンケート結果(提供:パナソニック)

最短2026年冬の製品化に向けさらなる改善を目指す

須藤氏は壁の無い駅待合ブースのメリットについて、これまで述べてきた専有面積の削減・空調効果・エネルギー効率に加え、設置における施工の容易さや費用の削減を挙げる。また運用の面でも、冷暖房の切り替えや温度調節などの操作は駅スタッフでも可能なため、導入ハードルは極めて低いとした。

そして今後の取り組みとしては、10月の実証実験終了後にアンケート結果を改めて取りまとめるとともに、鉄道会社からのヒアリングなども進めながら、事業化に向けた投資・改善を行っていくとのこと。その期間としては1年程度を見込んでいるといい、2026年から2027年にかけての厳冬期、あるいは2027年の夏ごろをめどに本格導入が進められるよう、開発に取り組むとする。

さらに将来的には、駅のホーム待合室に限らず、公園の休憩スペースや飲食店のテラス席などさまざまな用途に展開していく可能性を示唆しており、その実現に向けてはデザイン性などの検討が必要だというものの、省スペースかつ電力効率が高い空調設備として幅広い展開が期待できるとしている。

冷気を閉じ込めて涼しい空間を作るのではなく、“必要な分だけ冷やす”という新たな手法で、開放的かつ最小限の面積での快適な空間を実現したパナソニックの駅待合ブース。新技術の開発に多大なリソースを注ぐのではなく、発想の転換と既存技術の組み合わせにより生み出されたアイデアは、もはや社会課題となりつつある猛暑に悩む日本の乗客たちを助ける“ニュースタンダード”になるかもしれない。