弘前大学と京都大学の両者は、揮発性有機化合物(VOC)に反応して色が変化する「3d遷移金属錯体」を用いて、それらの物質を検出する新たなメカニズムを発見したと、7月22日に共同発表した。

  • (左)従来の3d遷移金属錯体による揮発性有機化合物検出メカニズム。(右)今回の研究で見出された揮発性有機化合物検出メカニズム
    (出所:共同ニュースリリースPDF)

同成果は、弘前大大学院 理工学研究科の村上辰成大学院生、同・太田俊准教授、同・岡﨑雅明教授、京大大学院 工学研究科の増野敦信特定教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する無機化学を扱う学術誌「Inorganic Chemistry」に掲載された。

揮発性有機化合物は常温常圧で揮発し、大気中へと放出されやすい物質の総称だ。その多くは健康被害や大気汚染の原因となるため、作業環境や家庭環境においてそれらを迅速かつ簡便に検出できる仕組みが求められている。

高価な分析機器を使用せずに揮発性有機化合物を検出できる方法として、揮発性有機化合物の蒸気に応答して可逆的に色が変化する性質「ベイポクロミズム」を示す3d遷移金属錯体を利用する手法がある。

3d遷移金属錯体とは、元素周期表の第4周期の第3族から第12族まで(スカンジウムから亜鉛まで)の遷移金属原子あるいはイオンに、配位子と呼ばれる無機あるいは有機化合物が結合してできた分子である。この材料群は、揮発性有機化合物が中心金属に直接配位することでベイポクロミズムを示す。

しかし、従来のこの材料群は金属への「配位能」が高い、つまり配意しやすい揮発性有機化合物しか検出できない、という課題を抱えていた。そこで研究チームは今回、対アニオン(陰イオン)の可逆的な配位を利用し、配位能が低いとされる揮発性有機化合物の検出を試みることにした。

今回の研究では、まずニッケル錯体(以下、錯体1)の粉末が作製された。この粉末にアセトン、あるいはジクロロメタンの蒸気を空気中25度でそれぞれさらしたところ、最短5分で黄色から緑色へと変化することが確認された。そして、この変色した粉末を空気中に放置することで、色が元に戻ることも確かめられた。

アセトンの金属への配位能は-1.0、ジクロロメタンは-1.8と、いずれも低い。このことから、中心金属への揮発性有機化合物の配位とは異なるメカニズムで、ベイポクロミズムが進行したことが考えられるとした。

  • (左)錯体1の構造。(右)アセトンやジクロロメタンの蒸気に暴露することによる粉末色の変化
    (出所:共同ニュースリリースPDF)

そこで研究チームは、錯体1が、配位能の高い塩化物イオン(配位能:+1.1)を対アニオンとしている点に着目。この塩化物イオンがニッケルへと可逆的に配位することで、ベイポクロミズムが起こったと推測した。

この仮説を実証するため、まず第一原理計算により塩化物イオンが配位した錯体のモデル構造が構築された。次に、X線吸収微細構造スペクトルのシミュレーションデータと、アセトン蒸気により変色した粉末の実測データが比較された。その結果、変色後の固体では、塩化物イオンがニッケルに配位していることが支持されたという。

最後に、揮発性有機化合物の応答範囲も調べられた。その結果、アセトニトリル(配位能:-0.2)、テトラヒドロフラン(配位能:-0.3)、ジエチルエーテル(配位能:-1.4)、酢酸エチル(配位能:-0.9)など、配位能が低い揮発性有機化合物の蒸気もセンシング可能であることが判明。これらの結果は、対アニオンの可逆的な配位を利用したベイポクロミズムが、さまざまな配位能が低い揮発性有機化合物の検出に利用できることを示唆しているとのこと。

今回の研究成果は、3d遷移金属錯体が抱えてきた揮発性有機化合物への応答範囲の制限を解消する、新たな検出の方向性を提案するものだ。このアプローチに基づき、今後国内外でさまざまな揮発性有機化合物検出材料が開発されることが期待される。研究チームは今後、この材料の応用へも取り組む予定だ。

  • さまざまな揮発性有機化合物の蒸気による錯体1の色変化
    (出所:共同ニュースリリースPDF)