千葉大学とIceCube Collaborationの両者は、世界最大のニュートリノ検出装置「IceCube」が検出した約13年分のデータを用いて、「超高エネルギー宇宙線」に由来するニュートリノを詳しく調査。その量が予想を大幅に下回ることが判明し、同宇宙線の主成分は陽子よりも重い原子核だと示されたことで、40年来の議論に終止符が打たれたと7月11日に共同発表した。
同成果は、千葉大 ハドロン宇宙国際研究センター(ICEHAP)のマキシミリアン・マイヤー助教、米・メリーランド大学のブライアン・クラーク助教らを中心とする国際共同研究チームIceCube Collaborationによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
宇宙線は、生成場所やエネルギーの規模により、太陽宇宙線、銀河宇宙線、そして超高エネルギー宇宙線の3種類に大別される。中でも、天の川銀河外から到来する超高エネルギー宇宙線は、数が極めて少ないものの、10^20(1垓)eV超という莫大なエネルギーを秘めており、その生成メカニズムは未解明のままだ。
起源候補としては、超大質量ブラックホールの重力エネルギーを運動エネルギーに変換しているとされる活動銀河核や、大質量星の超新星爆発で生じるガンマ線バーストなどが挙げられている。しかし、他の実験でも観測が進められてきたが、その主成分については結論が出ていなかった。
仮に超高エネルギー宇宙線の主成分が陽子だとすると、天の川銀河に飛来する途中で、ビッグバンの名残である「宇宙マイクロ波背景放射」(CMB)と衝突し、極めて高エネルギーの「宇宙生成ニュートリノ」を生成する。もし起源天体の大多数が遠方宇宙に存在するのなら、このニュートリノの生成量は増加するはずだ。
IceCube実験でこのニュートリノを観測し、超高エネルギーニュートリノ存在量の上限値を求めた結果、起源天体は比較的近傍、つまりビッグバン後100億年以上が経過した現在の宇宙に多く存在する可能性が示された。
超高エネルギー宇宙線は、その莫大なエネルギー故、宇宙空間を長距離伝搬できない。つまり、地球に届く宇宙線は、比較的、天の川銀河近傍の天体からのものに限られる。もし起源が遠方宇宙にあれば、その痕跡を宇宙線で捉えることはできず、たとえ観測できてもその情報は近傍宇宙からの宇宙線によるものに限られ、その解釈にバイアスが生じてしまうとする。
直接宇宙線を観測しないニュートリノ観測は、そうした制約がない点が特徴だ。つまり、超高エネルギー宇宙線の起源を探る上で、極めて重要な観測手段となる。ニュートリノは宇宙線の生成過程で生じ、相互作用の理論的不確かさが比較的小さく、電磁場や物質の影響をほぼ受けずに宇宙の最果てから地球まで直進可能であり、観測に敵している。
研究チームは今回、2010年6月から約13年間にわたる観測データを用い、前回発表時の約3倍の感度で超高エネルギー宇宙ニュートリノの探索を行うことにした。
探索の結果、最大で約10PeV(可視光の10^16(1京)乗倍)のニュートリノが同定されたものの、宇宙生成ニュートリノとしてはエネルギーが低すぎた。また、100PeV以上は未検出だった。つまり、宇宙生成ニュートリノの量がこれまでの理論予想よりも大幅に下回ることが示されたのである。
これは、超高エネルギー宇宙線の主成分が陽子ではなく、より重い原子核である可能性を強く示唆するものだという。原子核もCMBとの衝突によりニュートリノを生成するが、その生成数は陽子より圧倒的に少なく、そのエネルギーも低くなるためだ。
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宇宙生成ニュートリノの、1立方メートルあたりの数。矢印が、今回の研究成果による上限値。赤と橙は、陽子が主成分の場合の2通りの予想。緑は、原子核が主成分の場合の予想
(出所:千葉大ニュースリリースPDF)
こうして超高エネルギー宇宙線の主成分は重い原子核であることが判明したが、新たな謎も浮上してきた。宇宙の全物質のおよそ4分の3を占める陽子ではなく、少数派である原子核が加速される仕組みは未解明だ。原子核は壊れやすいため、激しい環境下での生成・加速は難しいとされる。このことから、超高エネルギー宇宙線は比較的静かな環境で作られている可能性や、未知の物理機構が関与する可能性も考えられるとした。
IceCubeでは、超高エネルギー宇宙線の謎に迫るため、感度を8倍に高めた次世代計画「IceCube-Gen2」を進行中だ。千葉大は、IceCube-Gen2用ニュートリノ望遠鏡の主要検出器の開発と製造を担う。
IceCube-Gen2による高感度・高統計の観測が実現すれば、ニュートリノを起点としたマルチメッセンジャー観測により、起源天体の直接観測を実現できる可能性があるとする。これにより、宇宙の加速現象と高エネルギー原子核の生成に関する理解が、飛躍的に進むと期待されるとのこと。