沖縄科学技術大学院大学(OIST)は7月7日、100年以上にわたり有機金属化学分野における基本的な経験則として用いられてきた「18電子則」に挑戦する、新たな鉄有機金属化合物(遷移金属錯体)「フェロセン」の安定した20電子誘導体の合成に成功したと発表した。

  • 新しい20電子フェロセン誘導体の分子構造

    新しい20電子フェロセン誘導体の分子構造。窒素(青)、鉄(オレンジ色)、水素(緑)、炭素(灰色)の原子を示している(出所:OIST Webサイト)

同成果は、OIST 有機金属化学グループの竹林智司博士らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

錯体とは、中心となる原子に他の原子や分子(配位子)が結合した化合物のことで、中心原子が遷移金属の場合、これを遷移金属錯体と呼ぶ。遷移金属は、元素周期表の第3族から第12族(亜鉛、カドミウム、水銀など)に位置する金属元素群を指すのに対し、残りの第1族・第2族、および第13族から第18族に位置する元素は典型元素と呼ばれる。

一般に、原子の周囲を回る電子は、エネルギーの低い内側の軌道から順に満たされていく。しかし、遷移金属はこの原則が当てはまらない場合があり、内側のd軌道やf軌道が完全に埋まっていないにもかかわらず、s軌道やp軌道といった外側の軌道に電子が存在する。このような複雑な電子配置により、遷移金属は多様な酸化状態を取りやすく、特有の化学的性質を示す。

多くの遷移金属錯体は、中心の金属原子の周囲にある電子の総数(価電子数)が18個の時に最も安定することが経験則で知られている。この規則を体現する古典的な例が、鉄有機金属化合物であるフェロセンだ。フェロセンは、その安定性と独特な構造により化学界に革命をもたらし、発見者は1973年にノーベル化学賞を受賞している。

フェロセンはこれまで、太陽電池や医薬品、医療機器、先端触媒などに応用され、その酸化還元反応(電子の受け渡しを伴う反応)に利用されてきた。しかし、伝統的に酸化状態が狭い範囲に限定される点が課題だった。そこで研究チームは今回、より優れたフェロセンを生み出すため、これまで不可能と考えられてきた20の価電子を有するフェロセン誘導体の安定化を目指したという。

そして研究の結果、100年以上にわたり有機金属化学の基本原理として利用されてきた経験則「18電子則」を超え、安定した20電子フェロセン誘導体の合成に成功した。この画期的な発見は、2つの有機環の間に金属原子が挟まれた特徴的な“サンドイッチ”構造で知られる化合物「メタロセン」の構造と安定性に関する理解をさらに深めるものとした。

フェロセンの価電子が2つ追加されることで、その特性は大きく変化する。これにより、従来とは異なる酸化還元特性が誘導され、将来的な応用の可能性が広がる見込みだ。具体的には、鉄‐窒素(Fe-N)結合の形成により新たな酸化状態へのアクセスが可能となり、フェロセンが電子を付与したり奪ったりする方法が多様化する。その結果、エネルギー貯蔵から化学製造まで、多様な分野における触媒や機能性材料としての有用性がさらに高まる可能性があるとした。

すでに多様な分野で活用されているフェロセン誘導体に関する今回のブレイクスルーは、化学者が利用できる概念的なツールキットを拡大するものであり、今回の成果は、既存の応用分野の進展に貢献するだけでなく、まったく新しい応用領域の創出にもつながる可能性があるとしている。

また今回の成果により、これまで安定と考えられていた化合物の電子配置を変化させ、その安定性を再設計できるという新たな可能性が示された。この知見は、グリーン触媒や次世代材料の開発など、持続可能な化学の進歩を目指す新たな研究に大きな影響を与えることが期待されるとした。

研究チームは今後も、金属と有機物の相互作用を支配する基本原理の解明、そしてそれを現実の課題に応用する研究に取り組んでいくとする。また、今回報告された20電子フェロセン誘導体のように、従来の化学の常識を覆す型破りな化合物に特に関心を寄せているとしている。