2025年6月12日、三菱重工エンジン&ターボチャージャ(MHIET)は、同社の相模原工場でエンジン・エナジー事業が手掛けるトリプルハイブリッド発電システム「EBLOX(イブロックス)」のシステム、およびその一部である水素エンジン発電実証設備の運転の様子を公開した。
MHIETは、発電用のエンジンとターボチャージャ製品を手掛ける事業として三菱重工業(MHI)から2016年に分離した企業。古殿通義社長によれば、世界ではデータセンター向けなど電力需要が大きく伸びており、エンジン・ターボチャージャユニットが2024年に2791億円の売上があったMHIETは、2024年から2025年へプラス4%の成長を、今後5年間でプラス7%の成長を見込んでいるという。
エンジン分野には、工場や病院、都市部のオフィスビルなどに電力を供給する常用ガスエンジン発電装置と、停電時のバックアップ電源として使用される非常用ディーゼルエンジン発電装置がある。データセンターのように停電時に稼働を止めるわけにはいかない重要な機器の電源として伸びているのは、この非常用発電装置の分野とのこと。世界には米国のキャタピラー、カミンズ、ドイツのロールス・ロイスグループのmtuなど競合企業があり、MHIETは1~2.5MWディーゼルエンジンの市場でシェア10%を占めているという。
非常用発電の分野でも近年は低炭素・脱炭素が意識されており、バイオ燃料を使用可能な発電装置が求められている。MHIETはカーボンニュートラル(CN)に向けたエネルギー最適化を目標に掲げており、発電装置の燃料は天然ガスやディーゼル燃料といった化石燃料から、CN燃料へ徐々に移行していくと推測。非常用発電装置では化石燃料が現在の主流だが、2040年ごろから水素、バイオディーゼル、合成軽油などの割合が高まっていくというロードマップを描いている。
その中で、CNに向けた発電システムには3つの取り組み方がある。ひとつは、バッテリーとエンジン発電機を組み合わせ、再生可能エネルギーを有効活用するハイブリッド発電システム。次に、まだまだコストの高いCN燃料と既存の燃料を混ぜて使用する、CN燃料の部分利用。3つ目はCN燃料の拡大だ。また水素燃料の場合は、水素と都市ガスを合わせて混焼する方法から、水素のみの燃料利用への移行が考えられている。
ハイブリッド発電とカーボンニュートラル
ハイブリッド発電システムとしてMHIETが2018年から実証を始めたEBLOXは、太陽光発電、蓄電池、ガス/ディーゼルエンジンを組み合わせた発電システム。太陽光発電など不安定な電力源は蓄電池で吸収して平準化し、必要なところはエンジン発電機を加えて電力を安定化させる。太陽光発電の場合、日中の発電時間帯でも発電量に変化があるため、必要以上に電力が発生した場合は出力をカットして調整する必要がある。EBLOXはこの余剰分を蓄電池で吸収し、一時的に太陽光発電の出力が下がったときにはすぐに蓄電池から補填して、太陽光発電の出力を安定させる役割を持つ。夜間や太陽光発電ができない気象条件の日には、エンジン発電機を使用するという仕組みだ。元は東南アジアやアフリカで、村や集落単位の小規模で分散型の電源として開発されたもので、太陽光発電を取り入れることでCO2排出も低減できるという特徴がある。
EBLOXを支える中核技術は、異なる電源を組み合わせて最適に制御する「COODY(コーディー)」システム。太陽光発電が急激に変動しても周波数を安定させることができるという。
EBLOX COODYは2022年にトルコに現地企業との協力の元でデモプラントが設置され、電力供給網の整備が遅れているアフリカ地域などへの拡販を目指して実証が続けられている。日本ではMHI 相模原製作所の一角にデモプラントが設置され、日中の太陽光発電と天然ガスを使用するエンジン発電機が協調して電力を生み出す様子が公開された。
水素は燃料の一部から全体へ
今後はCN燃料の利用が進み、植物系のバイオディーゼルやHVO(水素化処理植物油:植物油や廃棄された食用油などを加工した軽油に近い性質を持つ合成燃料)や水素などを中心的に利用する方法に変わってくると考えられている。水素も圧縮水素、液体水素とバリエーションが増えてくるというのがMHIETの考え方。変化を見据えて、MHIETは2025年以降に水素混焼エンジンの技術開発段階から製品開発、商用化へ進む方向で、2020年代後半には水素燃料のみを使用する水素専焼エンジンが製品開発段階に入ると見ている。
現在のところ、水素燃料の課題はまだまだコストだ。古殿社長によれば、現在の水素燃料の価格は都市ガスの6倍程度だといい、市場ができているとは言えない状態とのこと。政府系の予測では、現在は1ノルマル立方メートル(Nm3)あたり100円程度のコストがかかるところ、2030年代には1Nm3あたり30円程度まで下がるとの見通しもある。ただしMHIではもう少し遅れるのではないかとの予測を持っている。「2040年ごろに水素専燃エンジンに置き換わるのではないか」とのことで、燃料価格の状況を見ながら製品化時期を検討している段階だ。
相模原製作所内のEBLOXと別のエリアには、水素を100%使用する水素専焼エンジン実証設備が設置され、将来の製品化に向けて試験機が稼働している。水素専焼エンジンは500kWの出力が可能で、2025年三月に435kW・1500回転の定格出力を達成した。実証エリアには、エンジンと発電機に加えて水素ガス漏れの際に安全にエンジンを停止させるための補助機器を加えた水素エンジン発電セットが設置されている。デモ運転は始動から定格出力の達成までを公開するもので、数分で1500回転を達成することが実感できるものだった。燃料となる水素は、山梨県と東京電力、東レが2022年に設立した再生可能エネルギーからグリーン水素を製造するやまなしハイドロジェンカンパニーから供給を受けているという。
水素は都市ガスと比べると、静電気程度の小さなエネルギーで着火でき、燃焼速度が速いという特徴があり、希薄な混合気でも安定して着火、燃焼できるものの、エンジンの吸気側に火が逆流するバックファイアや、混合気が自然に着火してシリンダ内の圧力が急激に上昇し振動などが発生するノッキングといった異常燃焼が発生しやすいという課題がある。分子が小さいため漏れやすいという課題もあり、ガスが漏れた場合に安全にエンジンを停止させる装置が組み込まれている。また建屋の屋根に傾斜がつけられ、漏れたガスが短時間で排気されるような安全対策が施されているとのことだ。
MHIといえば、液体酸素・水素を推進剤とする日本の基幹ロケット Hシリーズを開発・運用する企業でもある。ロケットエンジンの知見が水素発電機にも生きているのでは、と思ってしまうが、実は「特にない」とのこと。ただしMHI全体で水素の安全な取り扱い方などといった基本的な知識は共有されているとのことだ。
既存の発電システムと再生可能エネルギーを両立させるトリプルハイブリッド発電システムに水素エネルギーが主役級の燃料として入ってくるのはまだ先になりそうだが、水素と都市ガスの混焼タイプのエンジンでは1000kW級までラインナップ拡充を進めており、数年以内に製品として登場するという。専焼タイプのエンジンは2040年のカーボンニュートラル達成に向けて、移行への開発が続く。
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発電機の部分には三菱重工のコンテナ型ガスエンジン発電設備「MEGANINJA(メガニンジャ)」が使用されている。発電出力は1500kWで、コンテナを置くだけで据え付け開始から24時間以内に発電が可能になる(撮影:小林伸)