北海道大学(北大)と新潟大学(新大)の両者は6月18日、3種類の人工ダイヤモンド単結晶を絶対零度付近(~0.02K)まで冷却して弾性率を精密測定した結果、3種類のダイヤモンドのすべてが絶対温度1K(-272.15℃)以下の極低温において“軟らかくなる”新現象を発見したと共同で発表した。

同成果は、北大大学院 理学研究院の柳澤達也教授、新大 教育研究院 自然科学系 数理物質科学系列/理学部/自然科学研究科 数理物質科学専攻の根本祐一准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、日本物理学会が刊行する物理に関する英文学術誌「Journal of Physical Society of Japan」に掲載された。

人工ダイヤモンドが軟らかくなる現象を発見

不純物を制御して合成する人工ダイヤモンドは、優れた半導体特性や量子特性を持つため、次世代エレクトロニクスや量子技術における重要な素材として注目を集める。例えば、窒素と単一原子空孔が隣接した「NV中心」は、スピン三重項状態の磁気的な量子力学的状態を取るため、量子ビットや量子センサなどへの応用が期待される。さらに、ケイ素、ゲルマニウム、錫など複数の不純物による色中心の研究も進む。

  • ダイヤモンドの結晶構造とさまざまな原子空孔

    ダイヤモンドの結晶構造とさまざまな原子空孔(出所:共同プレスリリースPDF)

その一方で、そうした不純物を伴わず、ダイヤモンドを構成する炭素原子が単一で欠けた「単一原子空孔」(V0)も存在する。これは無色透明であり、レーザー分光実験では量子基底状態から約1.6eV上のエネルギーレベルに存在する励起状態を通した間接的な観測しかできない。

さらに結晶育成技術の向上により、原子空孔濃度が1ppb(10億分の1個)以下になった試料では、その直接観測はほぼ不可能となる。V0以外にもさまざまな格子欠陥が存在し、第一原理計算からそれらの基底状態が提案されているものの、非照射ダイヤモンドにおけるそれらの格子欠陥の量子基底状態は多くの謎に包まれている。そのため、将来的なデバイスの超微細化に伴い、光学実験や磁気測定では捉えられない格子欠陥が、デバイスの歩留まりに影響を及ぼす可能性が懸念されている。

また、ダイヤモンドと同じ結晶構造を持つシリコンの単結晶では、超音波測定により、V0が有する「電気四極子自由度」が極低温で軟化現象を引き起こすことがすでに報告されていたとのこと。それに対し、ダイヤモンド単結晶の極低温における超音波測定はこれまで達成されていなかったため、研究チームは今回検証実験を行ったという。

今回の研究では、固体中の電子の電気四極子を敏感に観測する超音波位相比較法と、国内外の最先端の極低温発生装置・強磁場発生装置を組み合わせて用い、3種類(HPHT法・CVD法で製造されたタイプIIaとHPHT法で製造されたIb)の未照射人工ダイヤモンド単結晶の「弾性スティフネス定数」(モノの硬さの指標)の精密測定が実施された。

その測定の結果、3種類の人工ダイヤモンドの弾性定数C44が、絶対温度1K(約-272℃)以下の極低温で温度に反比例して減少する、つまり「軟らかくなる」現象が発見された。この振る舞いは、これまでに提案されたどの格子欠陥の量子基底状態モデルでも説明できないという。これは、未照射のダイヤモンド内に未解明の欠陥由来量子基底状態が存在し、その量子状態が持つT2対称性の電気四極子自由度の応答を捉えていることを強く示唆する結果とのこと。また、データ解析からその起源となる欠陥濃度がppbレベルであることも見積もられた。

  • ダイヤモンドの弾性定数C44の温度変化

    ダイヤモンドの弾性定数C44の温度変化(出所:共同プレスリリースPDF)

今回実証されたダイヤモンドにおける電気四極子自由度の存在は、未解明の量子基底状態の存在を強く示唆するものだが、その起源は未解明であり、今後の研究でその物理を確実に構築することが重要だという。研究チームは今後、今回の手法を多彩な条件で育成したダイヤモンドに適用し、真の量子基底状態の解明を目指すとし、将来的には人工ダイヤモンドの欠陥制御や評価技術の改善、さらには量子情報デバイスのエラー軽減に向けた足掛かりになることが期待されるとしている。