
様々なリスクを想定し対応策を講じる
─ 米トランプ大統領の発言、動向で世界経済、政治が大きく揺れる今ですが、現状と今後をどう見ていますか。
朝日 これまでも、マーケットの見通しのようなものは持っていましたが、今、かなりグローバルにボラティリティ(変動性)が高まっている中で、単一の見通しを持つのが非常に難しいということを認識しています。
逆説的に申し上げますと、だからこそメインのシナリオに拘泥することではなく、サブシナリオ、いろいろなリスクを想定して、それが我々の健全性、収益性に与える影響をよく分析し、そこに対する対応策を講じていく。
いわゆる「フォワードルッキング」(経済や市場の将来予測に基づいて意思決定を行うこと)なリスク管理と、我々の会社ではよく申し上げていますが、そうした体制をきちんとつくっていこうということで現在、議論を進めているところです。
─ 一方で、日本国内は人口減、少子高齢化という重い課題を抱えています。この中で国内市場を深耕していくために、どう取り組んでいきますか。
朝日 国内保険のマーケットについては、様々な影響があったために近年は少しバタバタしましたが、この10年間に保険料収入、全体の収入という意味では、あまり大きく変化していません。これは相続ニーズ、長生きニーズなど、お客様のニーズを業界として掘り起こしていったこと、その成果ではないかと思っています。
また足元、我々の調査によりますと、「若者の保険離れ」と言われますが、彼らの意識の中には貯蓄に対するニーズの高さがあります。また、必要と思っている保障について入ることができてない「プロテクションギャップ」(保障されるべき顧客に保障が提供されない状態)が存在することもわかっています。そうした部分にきちんと対応していく。
これによって、マーケットは大幅に成長することはないとは思いますが、持続的な成長は、我々の努力で十分期待できると思っています。
そうした認識の下で、グループのビジョンとして、生命保険を中心として「安心の多面体」としての企業グループになるという取り組みを進めることで、サステナブルな成長が実現できるのではないかと考えています。
─ 日本生命には約5万人の営業職員がいますが、この人たちの潜在力をどう発揮していくか、デジタル化も進む中で、どう取り組みますか。
朝日 生命保険を中心とした「安心の多面体」という時の、生命保険業を支えているのが営業職員チャネルです。
コロナ禍で、お客様との接点をなかなか再構築できないという形で大変な影響を受けましたが、この2年でお客様とリアルだけでなくデジタルでつながるという「デジタル顧客基盤」の構築に努めてきました。
昨年度末で1000万名を超えるお客様と、デジタルでつながるということが実現できましたから、ようやく回復と言いますか、新しいステージに立つということが見えてきたのかなと思っています。
ニチイHD買収で非保険領域を強化
─ 24年に介護事業最大手のニチイホールディングスを買収しましたが、こうした非保険領域でのビジネス展開について聞かせて下さい。
朝日 介護もそうですが、この数年は、ヘルスケア領域でのサービスの構築を進めてきました。この秋には厚生労働省が提供している匿名医療保険等関連情報データベースを活用した「ニッセイ医療費白書」を自治体に提供できるメドがついてきました。
これを市町村に無償でお届けして、その市町村が抱える疾病や健康増進に関する課題を共有しながら、様々な健康施策を検討していくことが実現できたらと思っています。
医療費のデータをベースにして、実証的に市町村の方々と議論をして、具体的な取り組みについてお手伝いをする。それがまさに社会課題解決の第一歩だと考えています。今後、地域とともに様々な課題解決に努力して、成長していくという取り組みがスタートすることになります。
─ かなりヘルスケア領域に深く入り込んでいくことになりますね。
朝日 そうですね。昨年、ニチイを買収したことのニュースを受けて、地域金融機関の方々からも、ニチイ、日本生命、金融機関で何か一緒にできないかというお申し出も受けていますから、そうしたことも一歩一歩進めていきたいですね。
今はニチイを買収して、様々な課題のようなことが大体わかってきたという段階です。それにどう対応していくかということからスタートしていきますが、できることから、地域のステークホルダーの皆さんと対話することが実現していけばと期待をしているところです。
─ コンサルティング的な要素のある仕事も出てくると。
朝日 自治体の方々、地域金融機関の方々との間で、我々がどのような形で課題解決に貢献できるかという議論を今後行っていくことになります。
ニチイは介護ビジネスで有名ですが、保育、医療事務に関してもメニューを持っています。それに、先程お話したヘルスケアのサービスもあります。まさに「安心の多面体」として、生命保険以外の部分も大きくして、提供していく体制を整えていくフェーズに入ってきたのかなと思っているところです。
─ こうした取り組みによって、国内市場はまだまだ掘り起こせるということですね。
朝日 そう思っています。保険会社単独で取り組むだけでなく、地域のステークホルダーの皆さんと一緒に、地域の課題を解決しながら成長していく。こういうモデルをつくっていきたいと考えています。
保育業界の「共通プラットフォーム」
─ 先ほど保育についても話もありましたが、具体的にはどのように取り組んでいますか。
朝日 介護も同じですが、保育も人手不足の課題を抱えています。その解決策の1つとしてIT活用による業務効率化が挙げられますが、規模の小さい単一の保育事業者がIT投資を行うことが非常に難しいという現実があります。
そこで、複数の事業者が活用できる共通プラットフォームを構築してサービスを提供していくことが、非常に大事だと思っています。
保育は事業の性質上、競争してというより、お互いの強みのある地域などで展開していくことが大事だと思っています。
その時に、ニチイが単独でやるのではなく、コンソーシアムを組んでやっていく。それが重要なことだと考えています。
─ ここでも自治体との連携が出てきそうですかね。
朝日 自治体も含め、様々なステークホルダーとの関係もそうですし、同業の皆さんとも共同で、広くサービスを提供できる姿を実現できたらと思っています。
─ これは都市圏、地方も含めた取り組みですか。
朝日 そうです。都市圏と地方では、課題が少し違いますので、地域ごとの課題に応じたサービスを提供していくことが重要です。
保育領域に関しては、ニチイとの取り組みの他、我々自身が群れ全体で協力して子どもを育てる習慣のある〝ペンギン〟をモチーフに、「みんなで子どもを育てる社会」の実現を目指す「NISSAYペンギンプロジェクト」を展開してきています。
こうした活動についても、ニチイがグループ入りしたことで、さらに広げていきたいと考えています。
事業投資先のノウハウを活用
─ 直近、米系生命保険会社のレゾリューションライフを約1兆2000億円で買収することを発表するなど手を打っていますが、今後の海外市場開拓をどう進めていきますか。
朝日 私どもは相互会社の保険会社です。相互会社の一番の使命は、お客様、契約者の皆様に対する保障責任を全うすることと、配当によってお客様の経済的負担を軽減するという大きく2つの役割があります。
こうしたことを実現するために、資産運用などを行っているわけですが、その一環として、海外の保険会社等に対する事業投資を行っています。
その会社が成長することで、我々の健全性が高まり、保障責任を全うすることができるとともに、お客様への配当原資としていくという意義があります。
今回のレゾリューションライフの買収は、アメリカという先進国で、安定的な成長が見込める会社に投資を行うということです。今後は期待通り、あるいは期待を超える成長をすることで、お客様に還元をしていきたいと思います。
─ 米国は世界一の経済大国ですから、懐の深さがありますね。
朝日 そう思います。海外の保険会社への事業投資は、収益の獲得という形の位置付けが大きいのですが、今回のレゾリューションライフは、様々な生命保険会社の「クローズドブック」(保険会社が販売停止した商品の保有契約ブロック)を購入して、その契約を維持・管理することで利益を得るというビジネスを展開しています。
彼らはこの事業のオペレーション、事務の部分にAI(人工知能)を活用しています。約款をAIに読ませて、事務手続きを効率化するというノウハウを持っています。このノウハウを日本に持ってきて、クローズドブックの保険群団の約款をAIに読み込ませてオペレーションを自動化することにチャレンジしようと考えています。
彼らのノウハウを国内の保険事業に取り込むことで、シナジーが期待できるようになりました。これまでは収益獲得という文脈で理解されていた海外保険事業ですが、本場の先進的な企業に投資をすることで、先進的技術が獲得できる可能性が出てきたということは、先進国マーケットに投資したことによって得られる果実です。
─ AIと「人」を共存するということですね。
朝日 AIを実装することでDXを加速するとはよく言われますが、国内で単独で進めるのではなく、海外の事業投資先から、そのノウハウが提供されて獲得できるという意味で、非常に意義のある投資だと思います。