クラウド・データプラットフォームを手がける米Snowflakeは、2025年6月2日から4日間にわたり、米カリフォルニア州サンフランシスコで年次イベント「Snowflake Summit 2025」を開催した。2012年設立の同社は、ストレージとコンピュートを分離したクラウドネイティブ設計を採用している。 AIやマルチクラウドへの柔軟な対応を強みに、急成長を遂げている。近年は金融や製薬、製造業など業界を問わず導入が進み、2025年4月時点で顧客数は11,000社を超える。

  • Snowflake Summit 2025の会場となったモスコーニセンター。今回のイベントでは「Your Data Does More(データが生み出す価値を最大化する)」がキーメッセージに掲げた。日本からも約300名が参加したという

SnowflakeのCEOが描く「シンプルなAI体験」の実現

Snowflakeは「Easy」「Connect」「Trust」を掲げ、構造化・半構造化・非構造化データをクラウド上で統合管理するデータプラットフォームを提供している。

初日の基調講演には、Snowflake CEOのスリダール・ラマスワミ(Sridhar Ramaswamy)氏が登壇。「データとAIを組織文化として根付かせることが重要だ」と述べたうえで、次のように語った。

「データとAIの活用は単なる技術革新にとどまらず、文化の育成でもある。これらはわれわれの働き方だけでなく、生活そのものを根底から変えつつある。 例えば、遺伝子データに基づく個別化治療や製造現場の自動化、バーチャルショッピング体験の進化がある。 これらはもはやサイエンスフィクションではなく、現実世界で起きていることだ」

  • Snowflake CEOのスリダール・ラマスワミ(Sridhar Ramaswamy)氏

このような文化的・業務的変革を支えるのが、Snowflakeが掲げる「Easy(シンプル)」「Connect(つながる)」「Trust(信頼できる)」という三本柱の思想だ。中でもラマスワミ氏が特に強調したのは「シンプルさ」の重要性である。ラマスワミ氏は、「複雑さはリスク、コスト、摩擦を生み、業務の遂行を妨げる。一方、シンプルさは成果をもたらす」とし、以下のように説明した。

「AIエージェントがエンタープライズデータから即座に回答を返す。ノーコードでアプリを構築し、業務特化型のAIエージェントを数分で立ち上げる。こうした環境を誰もが手にできるべきだ」

こうした「シンプルなAI体験」を具現化するため、SnowflakeはDBTやFivetranなど主要ツールとの連携強化、スキーマ変更や差分更新への柔軟な対応、ワークフローの自動化といったデータパイプライン構築の効率化を重視し、開発者と運用者双方の負担を軽減してきた。その結果、さまざまな業界で導入が進んだ。

例えば、製薬業界のアストラゼネカは、Snowflake基盤上で118のデータ製品を統合。AIを活用した脳梗塞の早期発見により、有効性を最大で90%向上させた。また、建設機械大手のキャタピラーでは、顧客とディーラーの間に存在するサイロ化されたデータをSnowflakeに集約。両者が機械の可用性や稼働状況、サービス履歴をリアルタイムで把握・分析できる環境を構築した。

基調講演ではユーザー企業としてニューヨーク証券取引所グループ 社長のリン・マーティン(Lynn Martin)氏が登壇し、導入事例を紹介した。同証券所ではSnowflakeとの6年以上のパートナーシップを通じて、現在は1日1.2兆件の取引メッセージ(注文、約定、価格変動データなど)を効率的に処理しているという。マーティン氏は「グローバル市場を動かす巨大なデータ量を扱いながら、投資家がポートフォリオのリスクをリアルタイムで把握できる環境を実現した」と、その効果を語った。

  • ラマスワミ氏と対談形式で取組を紹介するニューヨーク証券取引所グループ 社長のリン・マーティン(Lynn Martin)氏(左)

AIエコシステムが促進するAI活用

また、ラマスワミ氏はAIエコシステムの構築についても言及した。現在、Snowflakeは750社以上のパートナー企業と連携し、それらが提供する3,000を超える製品・ソリューションを集約した「マーケットプレイス」を運営している。これにより、企業間でのデータやアプリ、AIモデルの共有が促進され、自社単独では実現しづらいスピードとスケールでのAI活用が可能になる。

さらに技術面では、モダンなオープンテーブル形式である「Apache Iceberg」の正式サポートが改めて強調された。Icebergは、スキーマの進化、変更履歴の管理、細かなアクセス制御に対応し、他システムとの高い連携性を備えている。

ラマスワミ氏は「これにより企業は、大規模なデータをセキュアかつ柔軟に管理しつつ、効率的な共有、厳格なガバナンス、そして高いパフォーマンスを同時に実現できる」と語った。

Crunchy Data買収とOpenFlowで加速する「AIネイティブ基盤」への進化

今回のイベントではオープンソースであるPostgreSQLの主要プロバイダーであるCrunchy Dataの買収をはじめ、AIエージェントの構築基盤「Snowflake Intelligence」や推論用データパイプラインフレームワークの「Snowflake OpenFlow」など、Snowflakeが目指す「シンプルかつ柔軟で強力なAIデータ基盤」を実現する新機能が発表された。

  • 記者会見に臨むラマスワミ氏と製品担当上級副社長のSnowflakeで製品担当上級副社長のクリスチャン・クライナーマン(Christian Kleinerman)氏(右)

記者会見には、ラマスワミ氏と製品担当上級副社長のSnowflakeで製品担当上級副社長のクリスチャン・クライナーマン(Christian Kleinerman)氏が登壇。今回の発表内容を説明し、AI時代のデータ基盤について展望を語った。

質疑で最も注目を集めたのは、Crunchy Dataの買収だ。同社はPostgreSQL技術のリーディングカンパニーだ。この買収により、顧客はSnowflakeの基盤上でPostgres互換のワークロードをネイティブに動作させられるようになり、OSS資産をそのまま生かしながら、Snowflakeが提供する機能を享受できる環境が整う。

ただし、Snowflakeはすでに独自のSQLエンジンを有している。記者からの「既存のSnowflake SQLエンジンがあるにもかかわらず、なぜPostgreSQLをネイティブに動かす必要があるのか」との質問に対し、クライナーマン氏は「PostgreSQL互換を検討するにあたって、社内外の専門家による技術的な精査と議論を重ねた」とし、以下のように説明した。

「完全な互換性を実現するにはPostgreSQLそのものが必要だ。もちろん、理想を言えばエンジンは1つに統一したい。 しかし、特に大規模金融機関を含むお客様やパートナーの強い要望を受けて、今回はニーズを最優先に考え、2つ目のエンジン導入を決断した」(クライナーマン氏)

もう1つ、Snowflake OpenFlowにも質問が集中した。OpenFlowは、オンプレミス環境やVPC、複数クラウドにまたがるデータの接続・移動を可視化・自動化するパイプライン基盤であり、Apache NiFi互換のアーキテクチャを採用している。200以上のプロセッサを備え、GUIで簡単にパイプラインを構築できる。 OpenFlowの強みについて、クライナーマン氏は「BoxやSharePoint、Google Driveといった日常的な業務ツールとのネイティブな統合が可能だ」と述べ、以下のように説明した。

「データを活用するには企業内に点在する文書、音声、画像などの非構造化データを取り込み、AIに適した“AI-ready data”として再利用できる環境を整えることが必要だ。一度このプロセスを経ておけば、検索機能の『Cortex Search』などのツールと組み合わせて、会議音声からトピックを検索して関連する契約書と照合するといった高度な分析も可能になる」

「数時間働くインターン」から「科学者AI」へ、アルトマンCEOが描くエージェント進化論

基調講演の最後には、OpenAI CEOのサム・アルトマン(Sam Altman)氏が登壇し、「AIエージェントがもたらす新たな労働の形と、企業に求められる行動変容」をテーマに議論が行われた。

  • OpenAI CEOのサム・アルトマン(Sam Altman)氏。「Operator」のリリース予定時期は明らかにされなかった

AI導入のタイミングについて、アルトマン氏は「まずはやってみること。物事が急速に変化しているとき、技術の一般原則として言えるのは『やったモン勝ち』だ」と語った。一方、Snowflakeのラマスワミ氏も「重要なのは好奇心だ。技術の完璧を待つのではなく、今すぐ行動を起こすことが競合との差異化になる」と同調した。

さらに話題は、OpenAIが開発中のAIエージェント「Operator」へと移った。アルトマン氏は「Operatorに一連のタスクを渡し、それがバックグラウンドで実行される様子を見たとき、私はAGI(Artificial General Intelligence:汎用人工知能)の一端に触れた気がした」と振り返り、次のように説明した。

「現時点のエージェントは、いわば『数時間働けるインターン』のような存在だ。しかし、近い将来には『数日間働けるソフトウェアエンジニア』へと進化していくだろう。今後の仕事の進め方は、人間がエージェントにタスクを割り振り、その成果をレビューして進行する――つまり、ジュニアなチームとの共同作業のような形が主流になる」

Operatorの具体的な提供時期については明言を避けつつも、アルトマン氏は「2026年には、知識の発見やビジネス課題の解決に寄与するAIエージェントが登場する」と予測。そして最終的には「新しい科学を発見できるAIエージェント科学者」の出現すら視野に入れているという。

「例えば、チップ製造メーカーの社長が『現行製品よりも高性能なチップを設計してほしい』と依頼したり、バイオテック企業が『この病気に取り組んでほしい』とAIに任せたりする世界観だ。これまで人間のチームでは到達できなかった課題解決が、AIの力で技術的限界を突破する可能性がある」(アルトマン氏)

  • 展示会場はお祭り的な要素も多い。そして参加者は並んでも写真を撮る……