スズキがインドでバイオ燃料自動車の普及を促進する。インドに数億頭はいるという、牛の糞から採ったバイオガスで走行できる圧縮バイオガス(CBG)乗用車の事業化を進めている。二輪車ではサトウキビ由来のバイオエタノールをつかうフレックス燃料車を開発し、販売をはじめたばかりだ。
どちらも本格的な普及にむけて解決すべき課題は多いが、インド政府が推進するカーボンニュートラル(CN)と、エネルギーを輸入に頼らない経済安全性に合致するものだ。長年トップシェアに君臨する同社だが、競争は激化傾向とあって独自色を打ち出し、さらにシェアを拡大する狙いがある。
“最重要”インド車市場でシェア5割獲得をねらうスズキ
スズキは、最重要市場と位置づけるインドの乗用車市場で約42%(2023年度)と圧倒的なシェアをもつが、2030年度には50%へとさらなる拡大をめざす。このために掲げる戦略のひとつが、インド国内で調達可能なエネルギーによるエコカーの展開だ。
同社は各市場ごとに最適なエコカーを展開する方針であり、2030年度に欧州では電気自動車(EV)が45%、ハイブリッド(HV)が55%。日本ではEV 20%、HV 80%という計画である。これに対し、インドでは圧縮天然ガス(CNG)/CBGが35%と最大で、次がエタノール混合燃料車(FFV)の25%。EVは15%に留まる。
高価で充電インフラも必要なEVよりも、地産地消が可能なバイオ燃料を活用する方が経済面でも現実的とみられる。スズキが着目したのは、インドに3億頭以上の牛が飼育されており、温室効果ガスの発生源になる牛糞が大量に生まれていることだ。牛糞由来のバイオガスを燃料に有効活用できれば、環境対策とエネルギー確保の両得が期待できる。
インドではメタンを主成分にする圧縮天然ガス(CNG)車が新車の数割を占め、トップベンダーのスズキが64万4,500ルピー(約110万円)で販売している。CBGのメタン成分をCNG並みの約90%に高め、不純物の硫化水素などを除去できれば、同じエンジンで両方のガスが使える。CNG車はガソリンも使えるバイフューエルなので、消費者の利便性も高まる。課題は広い国土から牛糞由来のバイオガスをいかに効率的に集めて量産し、各地のガスステーションまで配送するか、という点だ。
電気とバイオ燃料対応。独自の二輪戦略で競争制す?
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スズキが「人とくるまのテクノロジー展2025」で参考出品した、2台の新しい二輪車。左は、同社のEVバイク戦略第一号車という位置づけの新型「e-ACCESS」(海外仕様モデル)。右は、バイオエタノール85%までの混合燃料が使えるフレックス燃料車「GIXXER SF 250 FFV」(同)。インドでは、女性は後部座席に横乗りするので、伝統衣装サリーの巻き込み防止ガード(サリーガード)をつけて安全に配慮している
5月に横浜市で開催された「人とクルマのテクノロジー展」では、サトウキビからとったバイオエタノールを20〜85%、ガソリンを80〜15%という比率で混ぜたバイオ燃料で走れるフレックス燃料車(FFV)のバイク「GIXXER SF 250 FFV」を披露した。バイオ燃料の利用は欧州で活発だが、インドの場合はCN対策だけではなく、経済活性化の役割もある。広大な耕作地と労働力があるインドではサトウキビをエタノール向けに増産することで、農家の所得向上につなげられる。
このバイクは250ccの油冷エンジン搭載。高濃度エタノール燃料をつかえるように腐食や摩耗に強い金属部品を採用したり、加工法の見直しなどを行ったりしている。エンジンをはじめ、車体を管理する電子制御装置も刷新。燃料タンク内のバイオエタノール濃度を検知し、使用中の燃料に適した制御が行える。CO2センサーでエタノール濃度を推定するが、濃度が高すぎると低温での始動性が悪化するという。
インドにとって多くのメリットがあるバイオエタノール燃料の活用だが、CBGと同じく実現への課題は山積しており、バイクの年間販売計画も200台と控えめにみえる。新しいインフラを構築するには、日本で太陽光発電システムの普及に寄与した余剰電力買い取り制度(FIT)のように、何らかの経済的インセンティブが有効だ。
しかし現状では、消費者に対して経済的なメリットは何も用意されていない。ガソリンとエタノールの価格は変わらず、バイク自体の価格も高め。ガソリンとエタノールを両方とも買える給油スタンドはインドに400カ所あるが、デリー市内には1カ所だけだ。
一方、インドでバイオ燃料に重きをおくスズキだが、世界に広がるEV需要は逃せない。このためインドで2030年までにEV 4モデルを展開して生産と販売、輸出でインドのトップをめざす。バイクも電動スクーター「e-ACCESS」を6月から販売する。駆動システムを小型化するため電池に制御装置(EVC)やDC/DCコンバーターを直接取り付けた。モーターやインバーターも電池の近くに配置している。電池(リン酸鉄リチウム)容量は3.07kWh。モーター、インバータの最大出力は4.1kWで航続距離は87kmである。
自動車市場が高成長中のインドでは、大手メーカー間の競争が激しくなっている。2024年度(2025年3月期)の二輪車を含む自動車国内販売台数は前年比7.3%増。2025年4月の乗用車国内販売台数は前年比5.5%増と過去最高を更新している。
スズキの現地子会社マルチ・スズキが前年比微増だったのに対し、現地メーカーであるマヒンドラ&マヒンドラは同27.6%増、トヨタ・キルロスカは同32.7%増と大きく伸びており、競争は激化しているもようだ。インドビジネスを熟知するスズキが、独自のエコカー戦略でどこまで他社との差別化できるのか、今後の動向に注目が集まる。