大阪大学、熊本大学、東京都市大学の三者は、半導体pn接合を有するデバイス構造において、これまで低温領域での報告はあったが、世界で初めて室温での「スピン伝導」を観測したと5月27日に共同発表した。
同成果は、阪大大学院 基礎工学研究科の大木健司大学院生、同・上田信之介大学院生、同・浜屋宏平教授、阪大 先導的学際研究機構 スピン学際研究部門の宇佐見喬政講師、熊本大 半導体・デジタル研究教育機構の山本圭介教授、都市大 総合研究所の澤野憲太郎教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する応用物理学を扱う学術誌「Physical Review Applied」に掲載された。
生成AIの急速な普及により、大規模データセンターの消費電力は大幅な増大が続いている。これを受け、半導体を用いた演算素子やメモリ素子には、さらなる低消費電力化が強く求められている。こうした要求に応えるものとして研究開発が進められているのが、低消費電力演算機能と不揮発メモリ機能を併せ持つ次世代のスピントロニクスデバイスだ。
これまで研究チームは、シリコンよりもキャリア移動度が高いことから再び注目されている半導体ゲルマニウムと、高性能なスピントロニクス磁性材料である「強磁性ホイスラー合金」を直接接合した「低接合抵抗電極構造」を活用し、ゲルマニウム・スピンデバイス構造における高効率な室温スピン伝導の観測に成功してきた。ホイスラー合金は、構成原子が規則正しく配列した合金で、その構成元素や規則性に依存して多様な特性を示す。特に強磁性ホイスラー合金では、完全にスピン偏極した材料が理論的に予想されており、高性能なスピントロニクス材料として注目されている。
半導体には、電気伝導を担うキャリアとして電子と正孔の2種類が存在する。キャリアとして電子が多数派を占める半導体はn型、逆に正孔が多数派を占める半導体はp型と呼ばれ、両者を積層した構造をpn接合という。この構造は、電流を一方向に流す整流性や、電流注入による発光などの特性を持ち、半導体デバイスの基盤技術として広く利用されている。これまで、世界中でスピントロニクス材料を用いたpn接合構造の開発が進められてきたが、低温領域ではスピン伝導が観測されていたものの、室温での観測は達成されていなかった。
pn接合は、前述のように電流を一方向に流す整流性という特性を持つ。しかし、pn接合の幅を適切に設計することで、量子力学的なトンネル効果が生じ、伝導が制限される方向にもキャリアの伝導が可能となる。この「バンド間トンネル伝導」と呼ばれる現象を利用し、急峻なオン/オフ動作を実現する新型トランジスタが「トンネルFET」である。
このトランジスタは、ゲート電圧の印加により電子のトンネル確率を制御し、デバイスのオン/オフ動作を可能にするもの。従来のMOSFETと比較して低電圧で動作可能で、低消費電力動作が期待されている。そこで研究チームは今回、このトンネルFETと半導体へのスピン注入技術を融合した新構造を提案することにした。
今回の方式の構造においては、従来、半導体と磁性の両方の性質を併せ持つ「III-V族強磁性半導体」を利用した知見が存在したものの、極低温での成果に留まっていた。そこで今回、研究チームがこれまで蓄積してきたIV族半導体ゲルマニウムへの高効率なスピン注入技術と、室温スピン伝導観測技術を活用。その結果、世界で初めてゲルマニウムpn接合におけるバンド間トンネル伝導を介した室温(27度)でのスピン伝導の観測が達成された。
今回の研究成果は、トンネルFETの低消費電力演算とスピンデバイスの低消費電力不揮発メモリを併せ持つ「スピントンネルFET」を実現するための要素技術を室温で実証した重要な成果だ。
スピントンネルFETの実現は、大規模データセンターにおける消費電力の増大に歯止めをかける新しいスピントロニクスデバイスとして期待されている。今回の成果をさらに発展させることで、革新的な半導体デバイスの実現と、2050年カーボンニュートラル社会実現への寄与が考えられるとのこと。