米スタートアップの「インパルス・スペース」は現地時間5月22日、衛星通信大手のSESとの間で、同社の衛星を輸送する契約を締結した。インパルス・スペースは、“宇宙タグボート”「ヘリオス」を開発しており、SESの衛星を地球低軌道から静止軌道などへ直接、数時間で輸送する画期的なサービスを提供する。
スペースXの元開発者が設立したインパルス・スペース
インパルス・スペース(Impulse Space)は2021年に創業したスタートアップで、かつてスペースXでロケットエンジンの開発を率いていたエンジニアのトム・ミューラー氏が設立した。ミューラー氏は、スペースXの主力ロケット「ファルコン9」の「マーリン」エンジンを開発したことで知られる。
同社は、ある軌道から異なる軌道へペイロードを輸送する宇宙機、いわゆる軌道間輸送機(宇宙タグボート)を開発している。軌道間輸送機を使うことで、従来のロケットでは難しかった、一度の打ち上げで複数の衛星をそれぞれ異なる軌道に投入したり、地球低軌道から静止軌道へ自由に移動したり、さらに月や火星へ効率よくペイロードを飛ばしたりといったことが可能になる。
インパルス・スペースが軌道間輸送機の開発に取り組む背景には、スペースXの「ファルコン9」などの再使用ロケットを取り巻く課題がある。再使用ロケットによって地球低軌道への打ち上げは安価になった一方で、遠くの軌道、たとえば静止軌道への打ち上げの際には不向きだ。
こうしたロケットは機体を着陸させて回収する必要があるため、ロケットが持つエネルギーの一部を消費する。そのため、静止軌道への打ち上げでは使い捨てにしたりブースターを追加したりする必要があり、コストが高くなる。そこで、地球低軌道から遠方の軌道へ効率よくペイロードを運べる軌道間輸送機が必要とされている。
低軌道から静止軌道まですばやく輸送できる「ヘリオス」
同社が開発中の「ヘリオス」は、最大で4.5m×6.5m(直径×高さ)、質量5トンのペイロードを搭載可能。ファルコン9やニュー・グレン、日本のH3など、さまざまなロケットによる打ち上げに対応する。ヘリオスは、こうしたロケットで地球低軌道に投入されたのち、エンジンを噴射し、中軌道や静止トランスファー軌道、静止軌道、月遷移軌道、地球脱出軌道などへ飛行することができ、そこでペイロードを分離する。
ヘリオスのもうひとつの特長は、最終的な軌道に到達するまでの早さにある。従来、静止衛星が自身のエンジンを使って静止軌道に到達するには、数週間から数カ月かけて軌道を変更する必要があったが、ヘリオスは地球低軌道から静止軌道まで数時間から1日以内に輸送できる。これにより、衛星の早期の運用(サービス)開始や、初期運用の負担軽減につながる。また、衛星の軌道変更用エンジンが不要になるため、設計の簡略化や質量の削減、コスト削減、さらに衛星の運用寿命延長といった利点がある。
ヘリオスは、液体酸素と液体メタンを推進薬として使用し、また高い効率を実現する二段燃焼サイクルを採用した「デネブ」エンジンを装備している。デネブの設計はミューラー氏が担当し、ターボ・ポンプとプリバーナーは3Dプリントで製造されている。
今回のSESとの契約は、ヘリオスにとって専用ミッションにおける初の商業契約だった。契約では、2027年にSESの4トンの衛星を搭載し、中型ロケットで地球低軌道に打ち上げられたのち、8時間以内に静止軌道に到達するとしている。なお、ヘリオスと衛星を打ち上げるロケットの種類については、現時点では明らかにされていない。また、契約では、SESは追加のミッションを実施できる機会が得られ、要求に応じて迅速に衛星を任意の軌道に打ち上げることも含まれるとしている。
ミューラー氏は「中軌道や静止軌道は、宇宙ビジネスにおいてとても重要な役割を果たすと考えているが、現状ではこれらの軌道へのアクセスは遅く、費用がかかり、柔軟性に欠けるという課題がある」と述べる。
「ヘリオスは、大型ペイロードを高エネルギー軌道に迅速かつ確実に移動させることができる能力をもち、この状況を変えることができる」(同)
インパルス・スペースは、2023年に小型の軌道間輸送機「ミラ」の初飛行に成功しており、米国宇宙軍からミラを使ったミッションの契約を獲得している。また、遠方の軌道へ効率よく飛行できる特長を活かし、独自の火星探査機の開発構想も明らかにしている。
参考文献