ジェフ・ベゾス氏の米宇宙企業ブルー・オリジンは、有人月ミッションを支える輸送システム「シスルナー・トランスポーター」(Cislunar Transporter)を現地時間5月20日に発表。トランプ政権が、米国主導の国際月探査計画「アルテミス」の縮小を検討する中、民間主導による有人月探査の新たな可能性を示した。

  • シスルナー・トランスポーターの想像図
    (C)Blue Origin

ジェフ・ベゾス氏率いる米企業の有人月探査計画

ブルー・オリジン(Blue Origin)は、Amazon創業者のジェフ・ベゾス氏が立ち上げた宇宙企業で、サブオービタル宇宙船「ニュー・シェパード」を使った宇宙観光、実験ビジネスや、大型ロケット「ニュー・グレン」を運用している。

同社はまた、アルテミス計画にも参画しており、月面に物資を運ぶ無人貨物船「ブルー・ムーン マーク1」と、有人月着陸船「ブルー・ムーン マーク2」を開発している。マーク1は月面に最大3トンの貨物を送り届けられる。マーク2はマーク1よりも大型の着陸船で、最大4人の宇宙飛行士を月面に着陸させられる。

両機は、推進薬として液体酸素と液体水素を使う。これらは扱いが難しいものの、高い性能が発揮できる。また、酸素と水素は月に存在するとされる水から取り出せるので現地調達が可能になり、燃料電池の燃料としても利用できる。このように、月で資源を入手して利用する技術をISRU(In-Situ Resource Utilization)といい、月面基地の建設や運用にかかるコストを大幅に削減できる可能性がある。

ブルー・ムーン マーク2は、アルテミス計画の3回目の有人月着陸ミッションである「アルテミスV」で、宇宙飛行士を月の南極に運ぶ計画となっている。しかし、現在の米トランプ政権は、アルテミス計画の大幅な見直しを計画しており、有人月着陸は「アルテミスIII」のみとし、IVおよびVを中止する可能性がある。

一方で費用対効果が高い、民間のロケットや宇宙船の活用に方針を転換する動きもあり、その場合、従来の計画以上にブルー・オリジンなど民間企業の役割が大きくなる可能性がある。

  • ブルー・ムーン マーク2の想像図
    (C)Blue Origin

シスルナー・トランスポーターはどんな機体か

こうした中でブルー・オリジンは、ジョンズ・ホプキンズ大学で5月20日から22日まで開催されたLSIC(Lunar Surface Innovation Consortium) 春ミーティングにおいて、月探査計画の最新情報を明らかにし、新たに輸送システム「シスルナー・トランスポーター」を発表した。

シスルナー・トランスポーターは、直径7mの円筒形の機体で、液体水素と液体酸素のタンクが大部分を占める。打ち上げにはニュー・グレンを使い、地球低軌道に乗ったのち、別途打ち上げたニュー・グレンの第2段機体をドッキング。推進薬を受け取ってタンクを満載にする。

その後、地球周回軌道を離脱して月に向かい、月の南北を回る長楕円軌道「NRHO」に入る。次に、NRHO上で待機していたブルー・ムーン マーク2とドッキングして推進薬を補給。これにより、マーク2は月面に着陸しNRHOに戻るための十分な推進薬を確保する。マーク2にはその後、宇宙船がドッキングして宇宙飛行士が乗り込み、月面に降りてミッションを遂行後、NRHOに帰還する。

ブルー・ムーン マーク2は再使用が可能で、NRHOに戻ったあと、別のシスルナー・トランスポーターから推進薬を補給することで、次の有人月着陸ミッションを実施できる。

シスルナー・トランスポーターの直径7mという寸法は、ニュー・グレンの機体直径と同じであり、タンクの生産ラインを共通化できる利点がある。また、液体水素は蒸発しやすいが、ブルー・オリジンは蒸発量を極力防ぎ、長期間貯蔵するための画期的な「ゼロ・ボイルオフ」技術を開発したという。

軌道変更にはエンジン「BE-7」を使用し、これはブルー・ムーン マーク1およびマーク2にも採用されている。さらに、シスルナー・トランスポーターは推進薬だけでなく、地球低軌道から月軌道まで最大100トン、火星まで30トンの貨物を輸送可能で、NASAの将来の有人火星探査にも寄与するとしている。

民間による有人月探査をめぐっては、スペースXも月着陸船「スターシップHLS」を開発しており、「アルテミスIII」ミッションでの使用が予定されている。

シスルナー・トランスポーターは、有人月探査の効率と持続可能性を高めるシステムだ。一方、スペースXの月着陸船「スターシップHLS」も、アルテミスIIIで宇宙飛行士を月面に送る予定であり、民間企業の技術力がNASAの月探査計画を支えている。両社の存在は、たとえ国家主導の計画が縮小されても、民間の力で有人月探査を継続可能なことを示している。

しかし、両社の長期的なビジョンは異なる。スペースXはあくまで有人火星探査、さらに火星移住を最終目標に掲げており、月はその足がかりと位置づける。一方、ブルー・オリジンは月面基地の建設に主眼を置き、月を人類の活動拠点とすることを目指している。この棲み分けは競争を促しつつ、協力の可能性も生む。民間企業の技術革新とビジョンの多様性が、月探査を加速し、火星への道を開くことになるだろう。

参考文献