北海道大学は、次世代バッテリー「マグネシウム電池」が抱える、現在の電解液における“酸化物正極側の反応可逆性不良”の原因解明に成功と5月21日に発表した。
同成果は、北大大学院 理学研究院の朱瑞傑博士研究員、同・小林弘明准教授らの研究チームによるもの。詳細は、発電やエネルギーの変換・貯蔵などに使用される材料を扱う学術誌「Advanced Energy Materials」に掲載された。
現代文明を支えるリチウムイオン電池(LIB)には、リチウム、コバルト、ニッケルといった希少金属が使用されており、資源枯渇や世界情勢による価格高騰など、サプライチェーンリスクが増大している。そのリスク回避と、産業競争力向上のため、資源制約の少ない金属資源を用いた次世代バッテリーの開発が不可欠だ。
マグネシウムは大質量星内の核融合で生成されることから、宇宙でも豊富な元素の一種であり、地球上の採掘においても当面は枯渇の心配がないとされる。そのため、サプライチェーンリスクの低いマグネシウムを活用するバッテリーの研究開発が世界的に進展している。
特に日本においては、低コストと高エネルギー密度を両立するため、マンガン酸化物などの資源として比較的豊富でなおかつ高い動作電位を持つ金属酸化物を正極材料に用いたマグネシウム電池の研究開発が進められている。
マグネシウム電池の実用化において電解液は重要な要素のひとつで、近年、「ジグリム」や「テトラヒドロフラン」に代表されるエーテルを溶媒とし、弱配位性アニオン(陰イオン)を有するマグネシウム塩を用いた「エーテル系電解液」が報告された。
この電解液は、マグネシウム金属負極の反応効率を従来の電解液から大きく向上させることに成功。しかし、現状では正極側の反応は可逆性が低く、その原因解明と、この電解液に適用可能な正極材料の開発が喫緊の課題となっていた。
研究チームはこれまでさまざまな正極材料の開発と性能評価を進めてきた。その中で、電解液のロットや保管期間、そして電池作製環境によって正極性能が大きく変化することを確認。これまで負極と電解液界面、つまり低電位側の反応の劣化挙動に関する報告は多数存在したものの、高電位に晒される正極と電解液界面の劣化挙動についてはほとんど報告がなかった。
特に、この新たな知見は、正極材料の真の特性評価を困難にするだけでなく、実験の再現性にも影響を及ぼす。そのため研究を進める上で、正極反応の劣化原因解明が大きな課題となっていた。
そこで今回の研究では、マグネシウム電池の正極と電解液の界面で起こる劣化挙動を調査し、酸化物正極の代表例である二酸化マンガン正極とエーテル系電解液界面の反応を分光学的に詳細に分析することにした。
電解質には、弱配位アニオンの代表的存在である「フルオロアルコキシボレートアニオン」または「フルオロアルコキシアルミネートアニオン」からなるマグネシウム塩が使用された。その結果、電池の目的反応である二酸化マンガン正極へのマグネシウム挿入脱離反応の寄与がわずかであることが判明。代わりに、副反応として、以下の事象が確認された。
- 正極の集電体や電池部材として用いられる金属(ステンレスやアルミニウムなど)の腐食
- 正極由来となるマンガン成分の電解液への溶出
- エーテル溶媒や弱配位アニオン電解質の酸化分解が進行
さらに、これらの副反応が電解液中の微量の水分によって促進されることも突き止められた。
電解液中の水分子はマグネシウムイオンに優先的に結合し、正極との反応時に分解することで上述の副反応を引き起こすことが、分光分析および第一原理計算から示唆された。特に、今回の電解液では進行しないとされていたステンレス部材の腐食が、水分量200ppm程の電解液であっても、正極側が高電位に晒されることで金属表面の被膜が溶解し、その後の充放電サイクル試験で腐食反応が進行することが判明した。
この結果は、電池作製の際の電池部材の選定に加え、電極塗工、電解液の水分値や液量の管理が、実験結果の再現性確保に極めて重要であることを示唆しているという。
電解液への水分混入抑制はLIBでも重要だが、マグネシウム電池では、電解質の合成や電解液の調製、保管時に微量の水分が容易に混入し、なおかつ調製後に取り除くことが困難だ。そのため、LIB用電解液よりも注意深い水分管理と材料開発が不可欠とした。
一方で研究チームは、低水分量の電解液を用いることで、高電圧動作条件となる4Vで50回以上の充放電が可能であることを確認したという。水分混入を恒常的に抑制できれば、副反応が抑制され、マグネシウム電池の高エネルギー動作の実現が期待できるとしている。