大阪大学(阪大)と東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の両者は5月8日、活動銀河核「NGC 1068」における高エネルギーニュートリノの起源について、新たな理論モデルを提案したことを共同で発表した。

同成果は、阪大大学院 理学研究科の坂井延行大学院生、米・カリフォルニア大学(UCLA) ロサンゼルス校の安田航一朗大学院生、阪大大学院 理学研究科の井上芳幸准教授、Kavli IPMUのアレクサンダー・クセンコ教授(UCLA兼任)らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

超大質量ブラックホール(SMBH)を中心に持ち、強力なエネルギー放射を行っている銀河は「活動銀河」、その中心部分は「活動銀河核」と呼ばれる。活動銀河核からは、SMBH由来の相対論的ジェットが吹き出しているが、これまで、その中での高エネルギー・ニュートリノ生成は、主に陽子と光子やガスの相互作用によるものと考えられていた。つまり、加速された陽子が活動銀河核の周囲の光子と相互作用して、中間子(特にパイ中間子)を生成し、その崩壊によって高エネルギー・ニュートリノが放出されるとするものだ。

陽子と光子の相互作用では、パイ中間子の崩壊により、高エネルギー・ガンマ線も同時に生成されるため、ニュートリノとガンマ線の比率が同程度になることが予測されていた。しかし、南極の氷中に設置されたニュートリノ天文台「IceCube」の観測により、活動銀河NGC 1068から非常に強い高エネルギー・ニュートリノが検出されたのに対し、対応するガンマ線放射は予想よりも極端に弱いことが判明。この矛盾は、従来モデルでは説明が困難だった。

上述した矛盾を踏まえ、阪大の井上准教授らを中心とした研究チームは、活動銀河核の中心近くの高温プラズマ領域(コロナ)をニュートリノの起源とする理論を提案。しかし近年、そのエネルギー収支や粒子加速過程に課題があることが指摘され、新たなシナリオの必要性が高まっていた。そこで研究チームは今回、NGC 1068のジェットの中で加速されたヘリウム原子核が、銀河中心からの紫外線と衝突して「光分解」(高エネルギー光子が原子核と相互作用し、中性子や陽子を弾き出すこと)を起こし、中性子を放出するプロセスに着目した上で研究を進めたという。

放出された中性子はベータ崩壊を起こし、反ニュートリノと電子が生成される。その電子が周囲の光子と相互作用することで、観測される弱いガンマ線が生じる。つまり、ニュートリノとガンマ線の観測スペクトルの大きな違い(矛盾)を自然に説明することに成功したのである。

  • 中性子が崩壊することでニュートリノが生成される仕組みの概略図

    原子核の光分解によって生成された中性子が、さらに崩壊することでニュートリノが生成される仕組みの概略図(出所:阪大Webサイト)

この研究成果により、これまで見過ごされてきた“隠れたニュートリノ源”の存在が理論的に示唆され、宇宙から飛来する高エネルギー・ニュートリノの起源解明に向けた重要な手がかりとなったという。加えて、このメカニズムは「セイファート銀河」など、活動銀河核ジェットを持つ他の天体にも応用可能であり、高エネルギー宇宙線やニュートリノの天文学のさらなる発展に貢献することが期待されるとした。

また、高エネルギー宇宙ニュートリノの起源解明に貢献するだけでなく、活動銀河核における新たな反応メカニズムの理解は、宇宙物理学や素粒子物理学など、以下の3分野への応用が期待されるとのこと。1つ目は、宇宙線物理学への応用だ。今回の研究で提案されたヘリウム原子核の光崩壊プロセスは、成分や起源など、活動銀河核ジェットを解明する手がかりとなるという。高エネルギー宇宙線の生成と伝播の理解が進むことで、銀河系外宇宙線の加速源の特定や、宇宙線が地球環境に与える影響の解明にも役立つことが考えられるとしている。

2つ目は、マルチメッセンジャー天文学への貢献だ。電磁波であるガンマ線とニュートリノという異なる観測手法を組み合わせることで、ブラックホール周辺の物理や宇宙の高エネルギー現象を包括的に理解する新たなアプローチが可能になるとする。次世代の観測施設と連携することで、さらに精密なデータ解析が期待される。そして3つ目が、素粒子物理学・標準理論を超える物理への示唆で、宇宙最高レベルの加速器として、活動銀河核の極限環境で発生する粒子反応を理解することは、未知の素粒子や新物理の探索にもつながるとした。

研究チームは今後、より多くの活動銀河核や高エネルギー天体のニュートリノ・ガンマ線観測を進め、提案モデルの普遍性を検証すると共に、宇宙の極限環境における新たな物理法則の探求を進めていく予定としている。