
日本の実質賃金が上がらないのは、生産性の問題ではない
本書は、日本の経済構造問題を分析したものだ。昨年10月末の衆議院選挙でも論点となったのは、低迷する実質賃金だった。
日本の経済エリートは、生産性を上げなければ、(物価上昇率を差し引いた)実質賃金を上げることはできないと論じる。しかし、本書が明らかにした通り、日本の場合、実質賃金が上がらないのは、実は生産性の問題ではない。
1998年から2023年までの四半世紀で、日本の時間当たり生産性は3割上昇したが、時間当たり実質賃金はこの間、横ばいだ。正確には、近年の円安インフレで3%程度下落している。
同期間において、米国では生産性が5割上昇し、実質賃金は3割弱上がった。ドイツやフランスの生産性の改善は日本に劣るが、実質賃金の上昇はフランスが米国に肉薄し、ドイツも米仏ほどではないが上昇し、日本を遥かに上回る。
ただ、実質賃金が上がっていないというと違和感を持つ人が少なくない。
大企業を中心に、長期雇用制の枠内にいる人は、過去四半世紀の間、ベースアップ(以下、ベア)はゼロが続いたが、毎年2%弱の定期昇給が存在するため、属人ベースでは実質賃金は1.7倍程度に膨らんでいるからだ。
実質賃金が横ばいと言うと、「それは生産性の低い中小企業の話だ」と反論する大企業経営者が多い。現実には、多くの大企業でも現在の部長や課長の実質賃金は、四半世紀前の同じ役職者に比べ、むしろ低下しているのが実態だ。
それでも、長期雇用制の枠内にいる人は、定昇のお陰で、属人ベースでは実質賃金が増えているが、長期雇用制の枠外にいる人は、人手不足で実質賃金が上がったといっても、元々、賃金水準が極めて低く、経験を積んでも、実質賃金が上がるわけではない。
それでも何とか暮らしていけたのは物価も低かったからだが、過去3年の円安インフレで、実質賃金は損なわれ、ギリギリの状態に追い込まれた。
これが、昨年10月末の衆院選挙で与党が過半割れし、日本でもついに、ポピュリズムの政党が台頭し始めた真因だろう。
今春闘では、昨年に続き5%台の賃上げが決まったが、2%弱の定昇を除くと、ベアは3%台であり、3%程度のインフレを除くと、実質賃金の伸びはごくわずかだ。
本書では、昨年ノーベル経済学賞に選ばれたダロン・アセモグル(米マサチューセッツ工科大学教授)らの論考を日本の長期停滞に応用している。
彼らは、収奪的な社会制度の下では一国は衰退し、包摂的な社会制度でなければ繁栄できないことを明らかにした。日本も収奪的社会に向かっているから、停滞から抜け出せないのではないか。