慶應義塾大学とエア・ウォーターはこのほど、共同で開発した、世界初となるGI-POF(屈折率分布型プラスチック光ファイバ)技術を応用した注射針レベルの極細ディスポーザブル内視鏡の活用に関する医療応用研究についての共同記者会見および共同研究発表会を、大阪府摂津市のエア・ウォーター健都にて開催した。

  • (写真左より)エア・ウォーター ウェルネス開発センター 研究部の山下紘正氏、エア・ウォーター 代表取締役会長・CEOの豊田喜久夫氏、慶應義塾大学 特任教授(KPRI所長)の小池康博氏、エア・ウォーター 執行役員 ウェルネス開発センター長の加藤哲也氏

GI-POF極細内視鏡に関する取り組みの詳細

GI-POF極細内視鏡は、2023年4月に、慶應義塾大学の医学部整形外科学教室の中村雅也教授、新川崎先端研究教育連携スクエアの小池康博特任教授とエア・ウォーターによって共同で発表された。以降、両者は連携して、画質向上にかかる光学レンズ性能の向上に努め、得られた成果については国内外の医学系・光学系学会や展示会などで共同で発表、現在は整形外科領域における新たな関節内視鏡として、量産品質向上と薬機法認証に向けた準備を開始している。

さらに、2023年の発表後、当初想定されていた関節内部の観察のみならず、耳科分野や革新的がん光治療技術など、さまざまな医療分野において極細内視鏡の応用研究を実施。注射針レベルの細さは患者の痛みや感染リスクの低減につながり、効率的な医療の提供、ひいては医療費の適正化への寄与が期待される。

今回開催された、GI-POF極細内視鏡「Cellendo Scope」の共同記者会見および共同研究発表会では、これまでの研究開発成果を報告するとともに、各医療応用研究の取り組みが紹介された。

記者会見ではまず、エア・ウォーター 代表取締役会長・CEOの豊田喜久夫氏が、GI-POFの生みの親である小池康博特任教授との出会いのエピソードを披露。「(小池)先生から、注射針の中に入れるレンズを開発している」という話を聞いて、「とても想像がつかなかった」と当時の心境を振り返った。そして、この技術の海外流出を危惧する小池特任教授の言葉に賛同し、エア・ウォーターにて製造体制を構築するに至ったという。

  • エア・ウォーター 代表取締役会長・CEOの豊田喜久夫氏

2020年からプロジェクトをスタートし、2023年に一度発表されているが、「今回は驚くほど成長している」という豊田会長は、「これが日本の医療業界にとって、どのような形になるか。極めて素晴らしいものができました」と、その仕上がりに自信をのぞかせた。

「GI-POF」とは何か?

続いて、GI-POFの発明者として世界的に知られる、慶應義塾大学 特任教授(KPRI所長)の小池康博氏が、「GI-POF社会実装への期待」と題し、特別講演を実施。そもそも「GI-POF」とは何かということを含めた開発の経緯から、これからの社会実装に向けての期待が語られた。

  • 慶應義塾大学 特任教授(KPRI所長)の 小池康博氏

POFは「Plastic Optical Fiber」の略で、すなわちプラスチック製の光ファイバを意味するが、小池特任教授は、従来のSI(Step-Index)型と呼ばれるPOFと、GI(Granded-Index)型のPOFの違いについて解説。

SI型は、屈折率の高いコアを屈折率の低いクラッドで覆った2層構造となっており、光はファイバ内を反射しながら伝播していく。

そのため、非常に鋭いパルスを入れると、まっすぐ進む光は早く到達するが、反射して進む光は距離が長くなるため、遅れて到達することになり、出射波形は入射波形と比べて大きく崩れてしまう。「これは高速な伝送ができないことを意味する」と小池特任教授が説明した。

その一方で、高速な伝送を目的としたGI型のPOFは、中心部分の屈折率が一番高く、周辺に行くに従って下がっていくという屈折率分布を採用。そのため、入った光は反射せずに、くねくねと曲がりながら伝送することになる。

蛇行した光は、もちろんまっすぐ進む光よりも距離は長くなるが、周辺部分を進む光は屈折率の低いエリアを通るため、光の進む速度が速くなる。したがって、屈折率を理想的な分布にすると、すべての光が同じ時間で到達することができるため、入射波形と出射波形の差ができず、高速な伝送が可能になるという。

「実際に光を入れてみると、非常にきれいなカーブが見られる」という小池特任教授は、大学院時代に初めて見た際に「美しいと思ってしまった」と振り返った。しかし、光が見えるということは、光が散乱していることを意味しており、伝送距離が非常に短くなってしまう。「屈折率分布をつけるということと、透明にするということは両立する」との信念の下で研究を続けた小池特任教授だが、「10年間まったく成果が出せなかった」と語った。

小池特任教授はアインシュタインの「光散乱に関する揺動説理論」やデバイの「散乱理論」などを学びながら研究を続けている際、米国ベル研究所に誘われ、「過剰光散乱」がどうして起こるかなどを研究。その結果、日本に戻ってから2年後、ついに低損失のGI-POFの開発に成功することとなった。

成果が出なかったころは孤立化してしまったという小池特任教授だが、「それからの私の研究室は非常に活性化した」とのことで、1992年以降、伝送可能速度×伝送距離に関する世界レコードを塗り替え続けているという。

極細ディスポーザブル硬性内視鏡の開発

そして、病院などで高速GI-POFの導入が始まったが、「当初はオーバースペックな面があった」とのこと。しかし、それから十数年が過ぎ、生成AIの時代に入ったことで通信データ量が増大する。2015年ごろまでは、いわゆる「ムーアの法則」に従って、2年でデータ量が倍になるという流れだったが、Chat-GPTが発表されたころからトラフィック量が急激に増加し、「2年どころか3、4カ月で倍になるということになった」ことから、さらに高速なPOFが必要となり、「1本ではなく束にしないといけないような時代」に突入している。

GI-POFには、非常に高速な通信が可能であるほか、非常に高精細な映像を伝送できるという特徴があり、この特徴を生かし、世界初の極細ディスポーザブル硬性内視鏡の開発がスタート。

「これはプラスチック光ファイバというより、何かわからない針みたいなもの」と小池特任教授が評するGI-POFレンズは、入射光がレンズの中でいくつかの焦点を作りながら進むことで、凸レンズによるリレーレンズと同じような特性を持っているのも大きな特徴となっている。

従来のファイバスコープと比較しても、GI-POFレンズを使った内視鏡は非常に高精細で、クリアな映像を伝送することが可能。また、シンプルな構造かつ低コストであるため、ディスポーザルでの利用が可能であり、0.1mmまで細くできるため、18G針にも通せるほか、低侵襲で縫合も不要なため外来でも利用できるので、医療への展開が期待される。

GI-POFは、「高速光データ伝送」と「高精細映像伝送」という、まったく用途の異なる2つの機能を備えているとともに、「高速光データ伝送」という点では、生成AIのために莫大なデータ伝送を必要とするデータセンターにおいて、ガラス光ファイバよりもビットエラーレートが数桁低いことからも大きな注目を集めている。

その一方で、「高精細映像伝送」という点から、世界初の高精細内視鏡として応用されたのが、今回エア・ウォーターと共同研究開発された「GI-POF極細内視鏡」であり、今後もエア・ウォーターと慶應義塾大学医学部との相互連携が主軸となり、大きく社会実装が実現されることに期待を寄せつつ、特別講演を締めくくった。

GI-POF極細内視鏡「Cellendo Scope」とは

続いて、エア・ウォーター 執行役員 ウェルネス開発センター長の加藤哲也氏が登壇し、今回共同開発されたGI-POF極細内視鏡「Cellendo Scope」についての詳細が紹介された。

  • エア・ウォーター 執行役員 ウェルネス開発センター長の加藤哲也氏 

加藤氏はGI-POFレンズの強みとして、「直径0.5mmの細さ」「樹脂製であり、ガラスのように割れる心配もない安全性」、「この細さでありながら高解像度」である点を挙げた。

さらに、注射針よりも細いので、注射ができる箇所であれば、どこでも体の内部を見ることができるという利点があり、現在、耳・胸・膝についての共同研究が進められている。そのほか、脳や脊椎などにも展開の可能性があり、「新たな医療の可能性を提供できる」と、加藤氏はその提供価値の大きさを強調した。

GI-POF極細内視鏡の製品化については、照明との一体化に成功し、実際の医療現場において扱いやすいように意匠デザインにもこだわりをみせている。商品名となる「Cellendo Scope(セレンドスコープ)」は、「細胞(Cell)まで見える内視鏡(Endoscope)」という意味を持っており、顕微鏡のような画像が手軽に観察できる点を大きく訴求する。

  • GI-POF極細内視鏡「Cellendo Scope」の評価機 

「これまでは手術前に内視鏡観察やMRI検査が必要だったが、Cellendo Scopeにより、さらに適切な診断・治療が可能になる」という加藤氏。これまでのように全身麻酔などの必要はなく、病院外来をはじめ、クリニックなどでも使用可能であり、同氏は「患者の負担軽減」「感染症リスクの軽減」「医療費の適正化」などを期待される効果として列挙した。

  • 「Cellendo Scope」の実機デモを行うエア・ウォーター ウェルネス開発センター 研究部の山下紘正氏

医療用として開発が進められている「Cellendo Scope」だが、「もっといろいろなニーズがあるのではないか。特に産業用途にいろいろな可能性があるのでは」と言及した加藤氏。そういったアンメットニーズを探求するために、評価用の機体を使ってレンタルを開始。

期間は2025年5月~12月末で、料金は1台当たり月額6万円(税別)が予定されている。加藤氏は、応用可能性について「自動車関連」「道路・インフラ」「工場関連・研究施設」「農業・新分野関連」などを挙げ、非破壊検査の手法となりうる可能性について大きな期待を示した。