名古屋大学(名大)は4月11日、地球から約20万光年に位置する天の川銀河の衛星銀河「小マゼラン雲(小マゼラン銀河)」において、隣接する衛星銀河「大マゼラン雲(大マゼラン銀河)」の影響により、大質量星のうち左側の星は大マゼラン雲に近づく左方向へ、右側の星はその逆に遠ざかる右方向へと移動し、銀河を引き裂くような運動をしていることを発見したと発表した。

  • 小マゼラン雲の大質量星の平均的な運動を示す図

    今回の研究で発見された小マゼラン雲の大質量星の平均的な運動を示す図。密集する大質量星はグループごとに分類され、各グループは白い円で囲まれている。各グループの色は奥行き方向の速度を、白い矢印は速度を示す。大質量星は、小マゼラン雲の左右で逆向きに運動していることがわかる(出所:名大プレスリリースPDF)

同成果は、名大大学院 理学研究科の中野覚矢大学院生、同・立原研悟准教授、同・玉城磨生大学院生(研究当時)らの研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal Supplement Series」に掲載された。

小マゼラン雲は天の川銀河の衛星銀河として大型であり、その近傍に位置するサイズのより大きな大マゼラン雲(天の川銀河から約16万光年)と共に、肉眼で観測可能である。また近距離に位置する両銀河は、構成する個々の星々およびその運動の詳細な観測も行える。

遠方銀河の観測から、銀河同士の衝突や合体といった相互作用は、爆発的な星形成現象「スターバースト」を引き起こすことが知られていた。また両マゼラン雲でも、重力による相互作用が確認されているため、小マゼラン雲は、相互作用が星形成や大質量星にもたらす影響を研究する上で、最適な天体とされてきた。

しかし、先行研究における小マゼラン雲の大質量星探索は、異なる手法で銀河の一部を観測した結果に限られていた。銀河全体での大質量星形成メカニズムの研究には、均一な基準による銀河全体の大質量星探索が不可欠だ。そこで研究チームは今回、欧州宇宙機関の位置天文衛星「ガイア」(2025年3月27日運用終了)の観測データを用いて、小マゼラン雲全体の大質量星を確認し、その運動を調査したという。

小マゼラン雲は天の川銀河に比べると遥かに小型だが、それでも数百万もの星々が存在する。その中から、高温で青白く明るく輝く大質量星の特徴を利用して選出し、小マゼラン雲全体で7426個が確認された。この大質量星の分布は、星間ガスが発する光や、高温星のプラズマからの光の分布と一致し、選定方法の妥当性が示された。

  • 小マゼラン雲の星およびプラズマからの光と大質量星を重ねた図

    (左)白で示された小マゼラン雲の星と、赤で示されたプラズマからの光。(右)左図に今回の研究で発見された大質量星を水色の点で重ねた図。赤い光と大質量星の分布が酷似していることがわかる(出所:名大プレスリリースPDF)

次に、大質量星の運動が着目された。まず、大質量星の運動から小マゼラン雲の運動を差し引き、個々の大質量星の運動が可視化された。その結果、大質量星は小マゼラン雲の左側では左方向に、右側では右方向に移動する傾向が確認された。これは、大マゼラン雲に近づく星と遠ざかる星が存在することを示すとのこと。今回判明した大質量星の運動は、大マゼラン雲の重力によって、小マゼラン雲が破壊されつつある過程が描いているとする。さらに、大質量星の多くが小マゼラン雲を引き裂くように運動していることから、銀河間の相互作用がこれらの大質量星の形成を促した可能性もあるとした。

  • 小マゼラン雲の大質量星の運動速度を示す矢印図

    今回の研究で発見された小マゼラン雲の大質量星の運動速度を示す矢印図。矢印は運動の向きに応じて色分けされている。銀河の左側には赤い矢印が多く、左下に位置する大マゼラン雲の方向に向かう。反対に右側には青い矢印が多く、大マゼラン雲から遠ざかる方向に運動している。小マゼラン雲と大マゼラン雲をつなぐ星間ガスの「橋」が観測されている左下の領域にも、大マゼラン雲に向かって動く大質量星が存在する(出所:名大プレスリリースPDF)

また、大質量星が小マゼラン雲内を公転していないことも確認された。大質量星は寿命が短く数百万~数千万年であり、天文学的な時間スケールでは形成されてから間もない。そのため、星の材料となる星間ガスと共に運動すると考えられている。以前より、小マゼラン雲の星々が回転運動を示さない可能性は指摘されていたが、特に星間ガスと共に運動すると推測されていた大質量星が、銀河全体で回転に従わない傾向にあることは、今回初めて明らかにされた。星間ガスは銀河の質量の大部分を占める。大質量星だけでなく星間ガスも銀河を回転していないとすれば、小マゼラン雲には渦巻き銀河のような銀河回転が存在していない可能性が示唆されるという。

小マゼラン雲が回転していない場合、多くの研究に影響が及ぶ。これまで、小マゼラン雲の質量は回転を前提に計算されてきたため、回転がないとすれば、質量に関する再計算が必要となる。また、小マゼラン雲の質量や回転運動に基づき、同銀河と大マゼラン雲、天の川銀河の過去の運動も推定されてきた。小マゼラン雲に回転がない場合、これらの推定も再検討を要する。今後、今回の研究成果を踏まえ、数値シミュレーションの再検討が必要とした。

今後は、大質量星が密集する星団を同定することで、相互作用銀河における大質量星団の形成メカニズムの解明が期待される。銀河の相互作用は遠方銀河に多く見られる現象だ。小さく若い銀河である小マゼラン雲は、昔の銀河に類似していると考えられており、同銀河を詳細に研究することで、現在と過去の銀河における星形成メカニズムの差異を解明できる可能性もあるという。

また今回の研究では、小マゼラン雲の大質量星の一覧が公開され、同銀河の大質量星を用いた統計的な研究が可能となった。さらに、同銀河全体の大質量星研究に加え、個別の領域に着目した研究や、領域間の比較研究にも大きな進展が期待されるとしている。