国立科学博物館(科博)は3月24日、2018年に同館に寄贈されたカブトムシの雌雄型(ギナンドロモルフ)について、マイクロCTおよび走査型電子顕微鏡(SEM)による観察を実施した結果、この個体の頭部には正常なメスの特徴が、胸部と腹部には正常なオスの特徴が、頭部を動かす前胸部内の筋肉にはオスの特徴が観察され、また頭部の中でも大あごは左右の特徴が異なり、右はオス、左はメスの特徴を備えていることが明らかになったと発表した。
同成果は、科博 動物研究部 陸生無脊椎動物研究グループの野村周平グループ長、同・井手竜也研究主幹らの研究チームによるもの。詳細は、日本昆虫学会が刊行する学術誌「昆蟲(ニューシリーズ)」に掲載された。
昆虫の中で雌雄の特徴が明確に異なる「雌雄二型」の種において、極めて稀にではあるが、外見上での性別の判別が困難な雌雄両方の特徴を併せ持つ“雌雄型”の個体が出現する。甲虫での出現例は少ないものの、科博では雌雄型のカブトムシを1978年に寄贈されて以降保管しており、近年では左右が雌雄の特徴が分離したタイプの雌雄型ミヤマクワガタも寄贈を受けて保管していた。
そして2018年、一般からの依頼により「頭部にはツノがないが、胸部にはツノがある」という特徴を持つカブトムシの鑑定を行った結果、雌雄型であることが判明。当該個体は生存中に寄贈され、生体記録としてビデオ撮影も実施され、死亡後はエタノール水溶液中に液浸標本として保存された。研究チームは今回、この雌雄型について、標本の内部構造を非破壊観察できるマイクロCTと、表面構造の観察が可能なSEMを用いて、形態観察を実施したという。
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(A)カブトムシの正常なオス(青矢印は胸部のツノ)。(B)寄贈された左側がメスの特徴を備える雌雄型(青矢印は胸部のツノ)。(C)正常なメス。(D)寄贈された雌雄型の生時の様子(ビデオからキャプチャーされたもの)。(E)1978年に同館に寄贈された雌雄型。(F)ミヤマクワガタの雌雄型(左右分離型)(出所:科博プレスリリースPDF)
カブトムシの内部構造は、雌雄で外見ほど顕著な差異は見られないものの、「頭部を動かす前胸部内の筋肉が、オスでは非常に大きく発達し、メスでは貧弱」、「腹部内部の生殖器系には雌雄で大きな違いがあり、オスでは骨化したオス交尾器が内蔵され、メスでは大きな卵巣を持つ」といった差異がある。
今回の研究ではまず、マイクロCTを用いて雌雄型・正常なオス・正常なメスが観察され、比較検討が行われた。その結果、以下のような知見が得られたという。
- 頭部を動かす筋肉は、雌雄型においては正常なオスと同様に大きく発達していた
- 腹部内部には強く骨化したオス交尾器の影が認められ、解剖の結果、その形状は正常なオスと形状が完全に一致していた
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カブトムシの正常なオス(A・D)、雌雄型(B・E)、正常なメス(C・F)のマイクロCTによる断面画像。Dの白線囲み部分が頭部を引き上げる筋肉、破線囲み部分が頭部を引き下げる筋肉(出所:科博プレスリリースPDF)
さらにSEMを用いて、雌雄型・正常オス・正常メスの外部表面の詳細な観察が実施された。カブトムシの外面には、大きく長い頭部のツノ、前胸部背面の短いツノなど、いくつかの部分において雌雄で明確な差異が見られる。前胸部背面と上翅(前ばね)背面の微細構造を観察した結果、雌雄型に関して以下の点が明らかになった。
- 前胸部表面には、正常なオスと同様のちりめんじわ状の微細構造が認められた
- 上翅表面では、正常なメスに見られるような長い毛の密生は確認されなかった
続いて、雌雄型の左右の大あごを取り外した上で、SEMによる観察を実施した結果、以下の点が明らかになった。
- 左側の大あご上面には、正常なメスと同様に幅広く大きな剛毛に覆われた台形の突起が認められた
- 右側の大あご上面には、正常なオスと同様の三角形に近い形状で、ほとんどが毛に覆われていない突起が確認された
つまり、この個体の大あごは左右で雌雄それぞれの特徴を示していたことになる。加えて、この雌雄型は全体として「頭部とそれ以外の部分」で雌雄の特徴が混在しているのみならず、頭部内においても雌雄の特徴が混在しているという特徴があった。1978年に同館が寄贈を受けた別の雌雄型では、頭部にオスと同様の大きなツノがあり、胸部にはツノがない特徴が確認されており、今回の結果とは対照的であると研究チームは考察している。
今回の研究成果から明らかなように、同じ雌雄型でも、雌雄それぞれの特徴を示す部分がどのように混在しているのかは個体ごとに異なる。そのため、より多くの雌雄型個体の形態観察データを蓄積し、相互に比較することが重要になるという。研究チームは、それらによって得られた知見と、遺伝情報を取り扱う発生生物学などの知見を組み合わせることにより、雌雄型が形成されるメカニズムの解明に近づき、ひいては性決定メカニズムや、両性の役割と自然界における存在意義を考察する上で重要な手がかりとなることが期待されると結論づけている。
一方で、雌雄型は出現確率が極めて低く、その入手は困難であるため、一般からの個体提供が今回の研究における大きな成果につながったことは、特筆すべき点であるとする。研究チームは今回の研究成果を通じて、今後より多くの人にこのような研究分野に関心を持ち、情報を蓄積できる環境を整備し、研究を発展させていきたいとしている。