富士通は、ダイヤモンドを使って量子ビットに用いる「ダイヤモンドスピン方式」量子コンピュータの技術として、その計算を担う「量子ゲート」操作でエラー確率0.1%未満という高い精度を達成したと3月24日に発表。誤り耐性量子計算(FTQC)を行う上で重要な誤り訂正を可能にする、高精度な操作に世界で初めて成功したとしている。
富士通とオランダ・デルフト工科大学、同大学の量子技術研究機関・QuTechによる共同成果。これは、超伝導方式など既存の量子コンピュータの方式の中でも“世界最高水準の精度”とされ、「ダイヤモンドスピン方式を大規模化することで、誤り訂正による量子計算エラーの低減が可能であることを示した重要な成果」としている。
量子コンピュータを実現する方式のひとつである「ダイヤモンドスピン方式」は、ダイヤモンド結晶の中にあるカラーセンターと呼ばれる特殊な欠陥によって形成されるスピン(電子スピンおよび核スピン)を量子ビットに用いる方式。
ダイヤモンド中のスピンは、量子状態を保持できる時間(コヒーレンス時間)が長く、高性能な量子ビットとして期待され、また超伝導量子ビットの典型的な動作温度(マイナス273.13度付近)よりも高温(マイナス269度付近)で動作するため、小型の冷凍機で対応できるという特徴がある。
さらに、ダイヤモンドスピン量子ビットは、光の基本粒子である光子を用いることで相互に量子状態を伝送できる光接続が可能なため、量子ネットワークを介した分散型計算などにより、スケーラブルな量子コンピュータを実現できることも期待されている。
量子コンピュータの実用化には、誤り耐性量子計算(FTQC)の実現が不可欠。しかし、誤り訂正操作によってエラーを減らすには、訂正操作が逆効果にならないよう、基本操作である量子ゲート操作の精度の高さが求められる。目安としては、精度99.9%以上を満たす必要があるという。
富士通とQuTechのチームが開発した新技術は、量子ゲート操作を行っている間に量子ビットにノイズが入らない工夫と、量子ゲート操作を正確に評価して最適設計を行うことができる評価手法(ゲートセットトモグラフィ)を適用することで、高精度な量子ゲート操作を実現したもの。任意の量子計算に最低限必要とされるユニバーサルゲートセット(Hゲート、Tゲート、CNOTゲート)を構成できる量子ゲート操作一式に対して、99.9%を超える高精度操作を実現したという。
開発技術の詳細は以下の通り。
- 高純度ダイヤモンドの使用による環境ノイズ源の低減
Element Sixとデルフト工科大学が共同開発した、炭素13同位体濃度を天然ダイヤモンドにおける濃度約1%から1/100に下げたダイヤモンドを使用。その中のNVセンターを使って量子ビットを作製した。これにより環境ノイズの原因となる不要な核スピンを除去でき、電子スピンと14窒素核スピンからなる安定な2量子ビットの系を形成した - 環境ノイズを低減するデカップリングゲートの設計
前述の2量子ビットの系に対して、環境ノイズを切り離すデカップリングゲートを設計し適用。これによりそれぞれの量子ビットの状態を、極限まで安定化させることが可能に - ゲートセットトモグラフィの適用
高精度な量子ゲート操作の評価手法であるゲートセットトモグラフィを、ダイヤモンドスピン量子ビットに世界で初めて適用して、量子ゲート操作を最適化。これによりゲートエラーに関する完全な情報が入手でき、ゲートパルスの強度など、量子ゲート操作の全てのパラメータに対する最適化を可能にした
これらの技術により、ダイヤモンドスピン量子ビットにおいて、任意のユニタリ演算を任意の精度で近似するために必要な最低限のゲートセットである、ユニバーサル量子ゲートセットで高精度の量子ゲート操作を実現。1量子ビット操作については、電子スピン量子ビットで99.99%、窒素核スピン量子ビットで99.999%の精度を達成したという。
これらは、量子誤り訂正を行うために必要とされる精度を超えるものだという。さらに研究チームは、ふたつの量子ビット間で量子状態を繰り返し交換するテストシーケンス(量子状態交換シーケンス)を実行することで、量子ゲート操作の特性を評価。その結果、約800個の量子ゲート操作で構成される50回の量子状態交換シーケンスにおいても、量子状態を正確に予測できることが示されたという。
富士通は今後、QuTechとともに、適用する量子ビットの数を増やす取り組みを、光量子チップや制御回路の開発と合わせて進め、ダイヤモンドスピン方式量子コンピュータの早期実用化に向けた研究を推進するとしている。