マーケティングとセールス。どちらも企業のビジネスに欠かせない機能だが、それぞれの役割をしっかりと述べられる人は意外と少ないのではないだろうか。厳しいビジネス環境で企業が成長するためには、今一度マーケティングとセールスの役割を見直し、連携を深める必要がある。

2月25日に開催された「TECH+フォーラム BtoBマーケティング×セールス 2025 Feb.企業が成果を出すための連携戦略」に、ネスレ日本 前社長 兼CEOで、ケイアンドカンパニー代表の高岡浩三氏が登壇。急成長したネスレを例に挙げながら、マーケティングとセールスの関係性について語った。

ネスレを立て直した高岡氏が考える「マーケティング」の定義とは

そもそもマーケティングとはなんだろうか。誰もが知っている単語でありながら、意外とその意味を捉えられている人は少ないのではないだろうか。実際、ネスレでもマーケティングについて社員全員が統一した見解を持っていたわけではなかったと高岡氏は言う。

もちろん、一般的な定義は存在する。例えばマーケティングの権威であるフィリップ・コトラーは「ニーズに応えて利益を上げること」と定義している。ただ、これを丸暗記したところでマーケティングを理解したことにはならないと高岡氏は釘を刺した。

では同氏が考えるマーケティングとは何か。

「私は経験上、マーケティングとは『顧客の問題解決によりもたらされる付加価値を創出するプロセスとその活動』であると定義付けています。全てのビジネスは顧客の問題解決の上に成り立っており、マーケティング部門だけでなく、営業も間接部門も、組織全体の先には必ず顧客がいるのです」(高岡氏)

さらに高岡氏は、「BtoBとBtoCのマーケティングは別だと思われているが、本質的には違わない」と指摘する。

というのも、ネスレの商品は最終的に消費者に行き着くためBtoCではあるものの、ダイレクトではなく販売自体はスーパーのような小売企業が行うからだ。ネスレのセールス担当者は小売企業を相手に営業をするわけで、その意味ではBtoBとも言えるのである。

もちろん、「誰が顧客なのか」は一般的にビジネスにおいて重要だ。ただ、あくまでもネスレのような企業では、BtoCとBtoBをことさら分けて考える必要はないということなのだ。

同氏はまた、マーケティングと並んでよく使われる「イノベーション」という言葉についても「実は顧客の問題に焦点を当てると分かりやすい」と説明する。

「顧客の問題には2種類あります。それは、すでに認識された問題と、認識されていない、もしくは解決を諦めている問題です。ネスレでは、前者を解決するのはリノベーション、後者を解決するのはイノベーションと呼んでいました」(高岡氏)

「新しい現実」の裏で起きている問題を見極める

リノベーションも重要だが、ビジネスを加速させるにはそれだけでは足りない。今まで諦めていた課題をも解決し得る「イノベーション」を起こすための「課題発見能力」が必要だ。

では、この課題発見能力はどのようにして身に付ければいいのか。

高岡氏は「新しい現実を見ることが重要」だと述べる。

「新しい現実(ニューリアリティ/NR)の裏で起きている、あるいは新しく出てきた課題(プロブレム/P)を捉え、その問題に対するソリューション/Sを提供する。この『NRPS』という考え方が、課題発見能力を高める分かりやすいやり方です」(高岡氏)

  • NRPSメソッドの考え方

例えば、家庭用コーヒー市場で「NRPS」を考えてみよう。

高岡氏によると、食品業界における「新しい現実」とは核家族化だ。家族の団らんの時間が減り、全員がそろってコーヒーを飲みながらテレビを視聴するといった生活スタイルは失われつつある。そうした現状のなかで、ネスレが提供するインスタントコーヒーが苦戦するのは自明だ。なぜなら、インスタントコーヒーは、お湯を沸かしてたくさんのコーヒーカップに一気にコーヒーを注ぐタイプの商品だからだ。

「新しい現実」から生まれた「問題」に対して、ネスレが出した「ソリューション」こそ、シングルポーションのコーヒーである。コーヒーを一杯単位でつくれるコーヒーマシン「バリスタ」と「ドルチェ グスト」は大ヒットを記録した。

また、これらの機器を買った顧客は自然とネスレのポーションを継続して購入することになる。つまり、長期的なコーヒーの売上を見込めるわけだ。それを計算に入れ、コーヒーマシンは普及させることを目的にほぼ原価で販売したという。この構想が見事にはまり、ネスレの業績は大きく回復することになった。

実はネスレはこの10年で、コーヒーポーションの価格を3回値上げしている。人口が減少し、マーケットが縮小している日本で業績を高め続けようとすれば、値上げで利益を上げるしかないからだ。現在のようなインフレ期以前に値上げしたにもかかわらず、全体の売上をしっかりと上げられたのは、前述のマーケティング戦略が成功したからだろう。

「私がネスレ日本の代表になった2010年の営業利益率は12%でした。それが、10年後の2020年には25%にまで上がりました。これは当時、世界一の時価総額だったAppleと同じ数字です。大手食品会社でも営業利益率は5〜6%と言われるなかでネスレがこれだけの数字を達成できたのは、ネスカフェがあれだけの値上げをできたから。そして、値上げができたのは、ネスレの商品が顧客の問題を解決できるものだったからなのです」(高岡氏)

セールスとマーケティングの連携が企業成長の鍵を握る

高岡氏が語ったマーケティング論は、セールスについても同様に適用できる。というのも、セールスとはマーケティングの一部だからだ。どちらも目指す先は、商品やサービスの販売を通じて顧客の問題を解決することなのである。セールス担当者は取引先が抱える課題を引き出し、それをマーケティングと共有して、ワンチームで活動する必要があるのだ。

「セールスとマーケティングはよく仲が悪いと言われます。売れ行きが悪いと、お互いに責任を転嫁する。そういう面はたしかにあります。そこで私はネスレの社長に就任した際、まずセールスとマーケティングのメンバーに対して、『全ての問題は自分の責任だと考える』ように伝えることからスタートしました」(高岡氏)

セールスとマーケティングが一体となって顧客の問題解決にあたる。「その究極系とも言えるのがキーエンス」だと高岡氏は述べる。

利益率が驚異の40%とも言われるキーエンスの強みは、セールス担当者が必ず全ての顧客を訪問し、抱えている課題を直接聞き出すことにあるという。それは顧客が解決を諦めていた問題かもしれないし、あるいは顧客自身も気付いていなかった潜在的な課題かもしれない。その課題を持ち帰ったキーエンスのセールス担当者は、マーケティング部門と連携し、顧客一社ごとにオーダーメイドでソリューションを開発、提案するのだ。このオーダーメイドでの問題解決という点が強力な付加価値となり、キーエンスの高い利益率を生み出す一端を担っているのである。

ネスレでも同様の例がある。同社が社内で開催しているイノベーションアワードを獲得した事例だ。

「当時、契約社員だったマーチャンダイザーが田舎のスーパーマーケットを訪問してあることに気付きました。それは買い物客のほとんどが高齢者だということです。高齢者の場合、買い物を終えてから一息つきたい人も多い。ただ、スーパー内にある喫茶スペースのコーヒーは一杯数百円するため、年金生活の高齢者には厳しかったようです。そこでマーチャンダイザーが提案したのが、ネスカフェのインスタントコーヒーマシンを喫茶スペースに設置することでした。もともとネスカフェのコーヒーパウダーはスーパー内で販売しています。安くコーヒーが飲めるので買い物客はコーヒーパウダーを購入するようになり、結果としてスーパーの売上も向上したというわけです」(高岡氏)

この取り組みがきっかけとなり、全国の企業のオフィスやレストランでも同様のサービスが行われるようになった。現在では「ネスカフェアンバサダー」というかたちで広まり、ネスカフェの売上向上に大きく貢献しているそうだ。

こうした例からも分かるように、マーケティングとセールスは一体となってこそ大きな効果をあげられるのだ。セールスは取引先ごとの問題を読み取り、マーケティングと共有して顧客ごとの問題解決にあたる。それこそが、「21世紀における完璧な協業である」と高岡氏は結んだ。

ともすれば対立しがちなセールスとマーケティング。だが、人口減少などの課題を抱えた日本において、企業がさらに成長を目指すには両者の協業は必須と言える。ネスレを立て直した高岡氏の指摘は多くの企業に当てはまることだろう。本講演の内容を基に、自社のビジネスについてじっくり見直してみてはいかがだろうか。