量子科学技術研究開発機構(QST)とNTTの両者は3月17日、大型核融合装置のプラズマ閉じ込め磁場に適用するための、複数のAIを条件ごとに切り替えて活用するプラズマ予測手法を確立したと共同で発表した。
革新的な環境エネルギー技術の創出を目的として、QSTとNTTは2020年に連携協力協定を締結。今回の研究では、QSTはプラズマ制御の知見に基づくロジックの設計や物理解析コードの提供、核融合のために日欧共同で運用している世界最大のトカマク型超伝導プラズマ実験装置「JT-60SA」の実データへの適用を担当した一方で、NTTは、AIの技術提案やモデル設計を担当した。
フランスでは現在、日本を含む30か国以上による国際協力プロジェクトとして、フュージョン(核融合)エネルギーの実現を目指す実験炉「ITER(イーター)」が建設中だ。ITERでは、核融合に必要な1億℃の高温プラズマを閉じ込める方式として、世界的に最も研究開発が進んでいる「トカマク方式」が採用されている。この方式では、プラズマ自身に大電流を流すことで発生する磁場を利用してプラズマを閉じ込める仕組みであるため、安定した核融合反応を持続させるにはプラズマ中に常に電流を流し続ける必要があるが、プラズマ中の電流や圧力などが原因で、プラズマの不安定性が引き起こされる可能性があった。ITER計画の次の段階として、フュージョンエネルギーの実用化に向けた原型炉の建設と安定運転を実現するためには、このようなプラズマの不安定性を事前に予測し、適切に制御する技術が不可欠となる。そのため、プラズマの制御に必要となる閉じ込め磁場を、計測された信号からリアルタイムかつ高精度に再構築する手法の確立が重要な課題となっていた。
そうした課題の解決に向け、QSTとNTTはこれまでの共同研究において、JT-60SAの制御への応用を目指し、最適化問題を扱うことに長けたAI技術を活用したプラズマ閉じ込め磁場の高精度評価手法を開発してきた。JT-60SAは、日欧共同で進めている、茨城県那珂市にあるQSTの施設に建設された、現時点で世界最大級のトカマク型超伝導プラズマ実験装置であり、約-269℃(絶対温度約4K)という極低温に冷却された強力な超伝導コイルを用いることで、1億℃にも達する超高温のプラズマを閉じ込めることが可能となる装置だ。
プラズマ閉じ込め磁場の制御は、まず真空容器に取り付けられた各種計測器からの信号に基づいてプラズマ閉じ込め磁場を再構築し、次にその再構築された磁場と目標とする磁場とのズレを解消するために必要な磁場を生成するためのコイル電流の差分を計算し、その結果をコイル電源へ指令する、という一連の流れで行われる。
しかし、従来のプラズマ閉じ込め磁場の再構築方法では、物理法則に基づいた計算負荷の大きい複雑な方程式を解く必要があり、リアルタイムでの高精度な再構築が困難であるという課題があった。そこでAIによる直接的な磁場予測が進められてきたが、プラズマが時々刻々と変化する過渡的な状況下での予測において、要求精度を満たすことが困難なことも明らかになっていた。
そこで今回、逐次変化するプラズマ状態に最適化されたAIモデルで磁場を高精度評価するため、「混合専門家モデル」(MoE)と呼ばれる、複数の状態把握・指令制御AIで構成される状態AIモデルに対し、プラズマ状態に応じて適切な重み付けを行う手法が開発された。この新手法を用いてJT-60SA実機での評価試験が行われた。すると、複雑な計算なしにAIのみによって、プラズマ制御に不可欠な位置と形状を高精度(~1cm、世界最大プラズマの約1%に相当)で再現することに世界で初めて成功した。
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(左)プラズマ境界部の磁気面が、従来の再構築手法と今回の手法で合致した(従来手法では原理的にプラズマ内部の再構築ができない)。(右)今回の手法をJT-60SAの実際のプラズマに適用し、妥当性の評価が行われた(出所:NTT Webサイト)
これまで、プラズマ電流が変動する状況下では、単一AIモデルの磁場再構築精度は低下してしまうという課題を抱えていた。しかし今回開発されたMoEでは、状態把握・指令制御AIが複数の状態AIモデルに対し、プラズマの状態に応じて適切な重み付けを行うことで、過渡的な状況でも高精度に磁場を評価できたことが示された。さらに、従来手法ではプラズマ境界部の制御に限られていたが、今回の手法により、不安定性回避に重要なプラズマ内部の電流や圧力分布までリアルタイム制御できる可能性が高いという見通しが得られたとした。
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(左)プラズマ中に流れる電流が変化する状況下では、全体で最適化された単一のAIモデルを用いるとプラズマ閉じ込め磁場評価の精度が低下してしまう。(右)MoEを用いることにより、さまざまな状況下においてAIモデルが最適化され、高精度でプラズマ閉じ込め磁場が評価される(出所:NTT Webサイト)
今回の研究成果は、今後のJT-60SAでの高温プラズマ制御への挑戦に有効であり、より大型のITERや原型炉など、計測器が限られる核融合炉の高度なプラズマ予測制御技術につながる画期的な成果と言える。この成果を受け、QSTとNTTは連携協力協定を延長し、NTTの「IOWN構想」をはじめとする最先端技術を核融合研究開発に活用し、フュージョンエネルギーの早期実用化に向けて緊密に連携していくとしている。