神戸大学と島津製作所の両者は3月12日、バイオテクノロジーの研究開発を支援する「自律型実験システム」(ANL)を開発し、細胞培養から前処理、測定、分析、仮説立案を自律的に実行させる実証実験を行った結果、有用性の実証に成功したと共同で発表した。

  • 自律型実験システムを構成する実験機器

    自律型実験システムを構成する実験機器(出所:神戸大Webサイト)

同成果は、神戸大 科学技術イノベーション研究科の伏見圭司特命准教授(現・中部大学 応用生物学部 准教授)、神戸大 先端バイオ工学研究センターの蓮沼誠久教授、島津製作所の共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

現在のバイオものづくりの分野では、微生物による目的有用物質の生産性を向上させるため、大量の実験データの取得と解析が重要視されている。特にバイオ実験においては、培地組成、培養温度/pH/通気量、培養時間、反応時間など多くの実験条件に加え、ターゲット生産量、原料消費量、細胞増殖、副生成物生産量、代謝物量、酵素活性など、多種多様なデータを収集する必要がある。さらに実験データの解析には、化学構造や試薬の特性、実験プロトコルなどのメタデータに加え、膨大なデータ処理も求められ、多大な時間と労力が必要だ。

近年ではこの問題を解決するため、ロボット技術とAIを組み合わせ、データ取得から解析までを自動化する実験システムの開発が進められている。このようなシステムにより、人手を介さずとも実験の計画から実行までを担い、再現性の高いデータを迅速かつ低コストで取得できるようになる。しかし、従来の自動実験システムの多くは特定の用途に限定され、柔軟性や拡張性が課題だった。そこで研究チームは今回、それらを解決したANLを開発し、有効性の検証を目指したという。

ANLは、モジュール式の実験装置と、未知の関数を推定するベイズ最適化アルゴリズムを組み合わされたシステムで、培養、前処理、測定、分析、そして仮説生成までの一連のプロセスを自動で実行することが可能だ。今回の研究では、ANLの有効性を検証する目的で、大腸菌を用いたグルタミン酸生産における培地最適化が、以下の手順で実施された。

まずANLは、大腸菌の培養に用いるプレートの搬送や培養用培地の調製、培養、サンプリング、希釈、濁度計測、培養液の遠心分離、上清回収、成分分析といった、一連の実験を行えるシステムとして設計された。多検体の実験を想定し、ANLは、ロボットアーム、プレート格納庫、液体分注機、培養機、遠心分離機、微量吸光計測機(マイクロプレートリーダー)、液体クロマトグラフ質量分析計から構成され、これらの一連の装置は1台のコンピュータによる一括制御システムとされた。また各装置は自由に配置や拡張を行える仕様とし、コンピュータは動作の制御のみならず、実験条件の最適化を担う仕様とされた。

研究チームは次に、培地最適化のための成分を選定。この工程では、大腸菌の増殖とグルタミン酸生産に影響を与える培地成分を特定することが目的とされた。そして、成分組成の異なる培地を調製した後に大腸菌を添加し、培養と評価が実施された。その結果、培地組成の微量成分である、CaCl2、MgSO4、CoCl2、ZnSO4の濃度が影響を与えることが突き止められた。

さらに、ベイズ最適化による培地組成の最適化が行われ、具体的には、実験結果に基づく最適組成の予測、自動実験、データ処理のサイクルを繰り返すことで、細胞増殖率と最大細胞密度が向上する最適な培地条件が特定された。

最後に、スケールアップによる有効性の検証だ。96ウェルプレートでの実験で最適化された培地を用いて、容量1/10/100mLのそれぞれ異なるスケールで培養試験が行われた。その結果、従来の基本培地と比較して細胞増殖率と最大細胞密度の向上が確認されたことから、研究チームやANLによる条件最適化が試験管・フラスコレベルのスケールアップにも適用可能であることが示されたとした。

以上の検証によりANLは、多様かつ膨大なバイオデータの迅速な収集と処理を自動で行うことが可能であり、バイオものづくりにおける実験の最適化を効率的に実現することが実証された。ANLはモジュール式設計であるため、柔軟に機能の追加や変更を行え、さまざまな生産技術への応用も期待される。要は、大腸菌以外の微生物や、グルタミン酸以外のさまざまな生産ターゲットにも適用可能であり、高い拡張性を有しているとする。

さらにANLは、実験の自動実行やデータ解析を通じて、研究者の負担を軽減すると同時に、効率的な仮説構築を支援することも目指しているという。研究チームは今後、バイオプロダクション分野における実験効率と信頼性の向上に貢献し、食品、医薬、環境分野など、幅広いバイオものづくりの発展に寄与することが期待されるとしている。