東京科学大学(科学大)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、cosmobloomの3者は3月6日、3者による超小型衛星ミッション「超小型ソーラーセイルによる姿勢・軌道統合制御」(PIERIS)が、JAXAの「産学官による輸送・超小型衛星ミッション拡充プログラム」(通称:JAXA-SMASH)の第2回公募において、フィージビリティ・スタディ(ミッション実現性の検討)フェーズに選定され研究を進め、その成果が審査を通過して衛星開発フェーズへの移行が決定したことを受け、超小型ソーラーセイル「PIERIS」の開発がスタートしたことを共同で発表した。

  • ソーラーセイルによる軌道変更のイメージ

    ソーラーセイルによる軌道変更のイメージ(出所:JAXA ISAS Webサイト)

同成果は、科学大 工学院 機械系の中条俊大准教授、科学大 総合研究院 量子航法センターの渡邉奎特任助教、JAXA 宇宙科学研究所(ISAS)の宮崎康行教授、cosmobloomの福永桃子代表取締役、科学大 理学院 物理学系の谷津陽一准教授、科学大 工学院 機械系の中西洋喜准教授、同・工学院 電気電子系の戸村崇助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、3月18日に東京で開催される「超小型衛星利用シンポジウム2025」にて発表される予定だ。

ソーラーセイルは、太陽光の「太陽輻射圧」という極めてわずかながら物体を押す力を巨大な帆(セイル)で受けることで、推進や軌道制御を行う宇宙機で、原理的には、推進剤フリーで半永久的に軌道変更(制御)が可能となる。JAXAが2010年に打ち上げ現在も運用中の、惑星間を航行する世界初のソーラーセイル(小型ソーラー電力セイル実証機)として知られる「IKAROS」もその1つだ。

ソーラーセイルが加減速(太陽から離れる/近づく)を切り替えるには、太陽方向に対する姿勢を切り替える(姿勢を制御する)ことで実現する。しかし、それが姿勢運動に影響する外乱トルクも生じさせる。一般的に、深宇宙において外乱トルクにより蓄積する宇宙機の角運動量を打ち消すためには、推進剤を消費してスラスタからガスを噴射する必要がある。ソーラーセイルにもスラスタを装備すれば姿勢制御は安定するものの、それではソーラーセイルの長所が失われてしまう。実際に、IKAROSも太陽輻射圧による外乱トルクの影響を受けたことが確認されており、ソーラーセイルによる本格的な深宇宙探査を実現するためには、この課題の解決が不可欠と考えられている。

太陽輻射圧による外乱トルクを制御し、姿勢・軌道を統合的に制御する手段の1つとして研究チームが提案しているのが、ジンバル機構を利用した制御システムだ。同機構は、セイルと宇宙機構体の相対回転を可能とする回転駆動機構である。宇宙機の姿勢に応じて、質量中心の位置を適切に変化させることで、外乱トルクを最小限に抑制する。また角運動量が蓄積した場合でも、質量中心の位置を適切に調整することで、太陽輻射圧トルクの作用方向を角運動量の反対にして放出させることも可能となる。つまりこの制御方法であれば、理論上は完全に推進剤フリーな姿勢・軌道統合制御が実現する。なお、このアイデアは、科学大の前身である旧・東京工業大学で故・松永三郎教授らによって開発され、2021年に打ち上げられた可変形状姿勢制御実証衛星「ひばり」に着想を得たものだという。

  • ジンバルのイメージ

    ジンバルのイメージ(Photo by 東京科学大学、JAXA宇宙科学研究所)(出所:JAXA ISAS Webサイト)

研究チームはこの新技術の宇宙実証を行うべく、審査に通れば超小型衛星の開発費と地球周回軌道への打ち上げ機会が提供されるJAXA-SMASHに、2023年度にミッションを提案。その結果、1年間のフィージビリティ・スタディを行うテーマとして採択され、今回、その研究成果が審査を通過し、衛星開発フェーズへの移行が決定した。

開発が始まったPIERISは、現在開発中の一辺5mのピラミッド形状のセイルと、それを支持・展開する自己伸展ブームを備え、これらの装置一式がジンバル機構を介して衛星構体に取り付けられる予定だ。

  • 超小型ソーラーセイルPIERISのイメージ

    超小型ソーラーセイルPIERISのイメージ(Photo by 東京科学大学、JAXA宇宙科学研究所)(出所:JAXA ISAS Webサイト)

これまでの研究では、地球周回軌道を飛行しながら、セイル展開に続いてさまざまな姿勢・軌道統合制御実験を実施するミッション、およびそれらを実現する衛星システムの設計が進められてきた。ミッションには発展的な技術実証として、セイル上に搭載する多数の薄膜太陽電池による発電実験や、その電力を利用した推進機(ソーラーセイルとのハイブリッド推進)による軌道制御実験も予定されている。もっとも、深宇宙と地球周回軌道では、姿勢・軌道運動の様子は異なるものの、研究チームは、今回のミッションで獲得される技術は深宇宙探査にも応用できることを想定しているとした。

さらに、地球周回軌道で技術実証することで、スペースデブリ問題の解決に向けた、運用終了後の衛星のデオービットに関連する技術(セイルを用いた軌道下降技術)にも貢献できるとしている。