米宇宙企業ファイアフライ・エアロスペースの月着陸機「ブルー・ゴースト」が、2025年3月2日(日本時間)、月面着陸に成功した。民間企業による月面着陸は、2024年に別の企業が成し遂げたが、機体が転倒していた。正常な着陸による”完全成功”は今回が初となる。今後、月へ輸送した機器による科学観測や技術実証に臨む。

  • 月面へ向け降下中のブルー・ゴーストが撮影した影の“自撮り”
    (C)Firefly Aerospace

ブルー・ゴースト 、月面着陸に”完全成功”

ブルー・ゴースト(Blue Ghost)は、米国テキサス州に拠点を置く企業ファイアフライ・エアロスペース(Firefly Aerospace)が開発した月着陸機である。

高さ2m、幅3.5m、打ち上げ時質量は約1,500kgで、小型乗用車ほどの大きさがある。月面へは最大155kgの輸送能力をもつ。電力は太陽電池でまかなう。月の夜を乗り越える「越夜」(えつや)能力は備えていない。

ブルー・ゴーストは、米国航空宇宙局(NASA)による、月への物資輸送を民間に委託する計画「商業月ペイロード・サービシズ」(CLPS)に適合するように造られている。これは国際有人月探査計画「アルテミス」を、より効率よく進めることを目的としたもので、民間企業が地球と月間の物資輸送や月の資源開拓などのミッションを行い、NASAはそのサービスを購入する形となっている。

ファイアフライをはじめ、複数の企業が同プログラムに参画し、独自の月着陸機による月面着陸や、月輸送ビジネスの確立を目指している。

  • 月着陸機ブルー・ゴースト
    (C)Firefly Aerospace

ブルー・ゴーストにとって初となる今回のミッションは、「ミッション1 」(M1)、または「ゴースト・ライダーズ・イン・ザ・スカイ」という名前で呼ばれている。このミッションでは、地球から月への飛行、そして月面着陸などの技術を実証すること、そして前述したCLPSに基づき、NASからA受注した科学機器などのペイロードを月面へ送り届けることを目的としている。

ブルー・ゴーストM1は、2025年1月15日に、スペースXの「ファルコン9」ロケットで打ち上げられた。ロケットは順調に飛行し、ブルー・ゴーストは所定の地球周回軌道へ投入された。

その後、軌道変更を重ねつつ、衛星測位システムを利用した航法の試験、ヴァン・アレン帯での耐放射線コンピューターの試験、磁場の変化の測定などの科学ミッションを行い、2月13日には月のまわりを回る軌道に入った。

そして3月2日、あらかじめ送られたコマンドに従い、ブルー・ゴーストは降下軌道に乗るためのエンジン噴射を行った。その後、約30分間の慣性飛行を経て、高度約20kmでエンジンをふたたび点火し、動力降下を開始した。

ブルー・ゴーストの航法システムは、クレーターや斜面、岩を自動で判別、追跡し、あらかじめ設定された着陸ゾーン内で危険のない場所を選択した。そして日本時間3月2日17時34分(米中部標準時2時34分)、秒速1mの速度で、月面に軟着陸した。

着陸場所は、月の表側の北東部にある「危難の海」(Mare Crisium)の、「ラトレイユ山」(Mons Latreille)の近くで、目標地点から約100mの精度での着陸を果たしたという。

その後、機体が直立した状態で安定していることが確認され、またアンテナの展開、地上管制センターとの通信の確立にも成功した。

民間企業による月面着陸の達成は、2024年2月のインテュイティヴ・マシーンズの着陸機「オディシアス」に続き2例目となる。ただ、オディシアスは着陸後に転倒しており、正常な着陸による完全な成功という意味では今回が初めてとなる。

  • ブルー・ゴーストが撮影した月面の様子
    (C)Firefly Aerospace

“掃除機”によるレゴリス採取など、多彩な任務遂行へ

ブルー・ゴーストM1は今後、月の昼にあたる14日間にわたり、搭載機器による科学観測や技術実証を行うことになっている。

着陸したラトレイユ山付近は、初期の火山噴火によって形成され、30億年以上前に玄武岩質の溶岩で覆われたと考えられている。

この地が着陸場所として選ばれたのには、比較的平坦で、着陸の安全性が高いことに加え、レゴリス(土壌)や内部、太陽風と地球磁場の相互作用を研究するのに適しており、科学的成果が期待できるという理由もあった。

ブルー・ゴーストM1に搭載されている機器のうち、LPV(Lunar PlanetVac)は、この場所のレゴリスを採取し、分析することを目的としている。

LPVは、圧縮ガスでレゴリスを巻き上げ、チューブで採取し、分析装置やサンプル採取容器に移送できるというユニークな仕組みを採用している。NASAはこれを「掃除機」と例えている。

この仕組みには、月のような低重力環境でもサンプルを効率的に採取できる利点がある。また、ドリルやロボットアームが不要なため機器の故障や劣化のリスクが小さく、作業も数秒で完了することからサンプルが汚染される可能性も低い。

LPVは最大1cmの大きさのレゴリスを採取でき、サンプル容器内でふるいにかけ、撮影や分析を行ったのち、その結果はリアルタイムで地球に送信できるようになっている。

  • ブルー・ゴーストに装備されたLPV(Lunar PlanetVac)。その仕組みから、NASAではこれを「掃除機」と表現している
    (C)Firefly Aerospace

このほか、太陽風と地球の磁場の相互作用を研究するための「LEXI」や、月のレゴリスがどのような素材にどれくらい付着するのかを調べる「RAC」、電界を利用してレゴリスを除去する技術を実証する「EDS」などが搭載されており、月の科学だけでなく、将来の有人月探査において、宇宙飛行士の活動のしやすさや安全性向上につながる研究や実験が行われる。

ファイアフライはまた、すでにNASAからミッション2、3も受注している。ミッション2(M2)は2026年に、M3は2028年に打ち上げが予定されている。

両ミッションは、ブルー・ゴースト着陸機と、開発中の月周回機「エリトラ・ダーク」(Elytra Dark)を結合した状態で打ち上げ、M2では月の裏側へ、M3では月の表側にある「グルイテュイゼン・ガンマ山」と呼ばれるドーム状の場所への着陸を目指している。

なお、現在月へ向けて、前述したインテュイティヴ・マシーンズの、2機目となる月着陸機「アシーナ」が航行しており、3月6日に着陸を控えている。さらに、日本の民間企業ispaceの月着陸機「レジリエンス」(RESILIENCE)も航行中で、5月以降の着陸を予定している

参考文献