北海道大学(北大)は、リンゴ果実内部の「スクロース(ショ糖)」の生合成活性に部位間差があり、果皮部に近い果肉組織で同活性が高いことを、炭素の安定同位体「13C」で標識した基質の外与および質量分析イメージング技術を用いて明らかにしたと、2月20日に発表した。

  • リンゴの果実の構造
    (出所:北大プレスリリースPDF)

同成果は、北大大学院農学研究院の鈴木卓特任教授らの研究チームによるもの。詳細は、食品の化学および生化学に関する全般を扱う学術誌「Food Chemistry」に掲載された。

スクロースは、グルコース(ブドウ糖)とフルクトース(果糖)が結合した二糖類だ。リンゴの果実においては、果芯部から果皮部に向かって徐々にスクロース濃度が高まる。しかし、なぜこのような濃度勾配が生じるのか、その原因は不明だった。

そこで研究チームは今回、リンゴ樹における可溶性炭水化物の転流形態であり、スクロース合成の基質となる糖アルコールの「ソルビトール」に着目。同化合物を13Cで標識して果肉組織に外与し、果実内で生合成される13C含有スクロース(13C-ソルビトール由来)の分布を、試料中の特定の分子の分布を調べられる質量分析イメージング技術を用いて可視化。これにより、果肉組織におけるスクロース生合成活性の部位による違いの解明を試みることにしたという。

まず、リンゴの品種「こうとく」の未成熟果(7月26日に採取)を表面殺菌し、クリーンベンチ内(無菌条件下)で縦に二分割後、各々が縦または横(赤道面)に切断された。その一方を、0.5M[1-13C]ソルビトールを含むムラシゲ&スクーグ培地に、縦・横断面が培地に接するように置床し、25度、1日16時間照明(白色LED、60マイクロメートルol/m2/s)で72時間、培養が行われた。この場合、培地に添加した13C-ソルビトール濃度(0.5M)は、リンゴ成熟果における可溶性炭水化物の濃度(0.48M)を参考に決定された。

  • 13C標識ソルビトール添加培地で72時間培養したリンゴ果実縦断組織における、13Cを1個内包する(外与の13Cソルビトールから生合成された)スクロースの分布。スケールバーは、0(黒)から100(白)に向けて濃度が高くなる
    (出所:北大プレスリリースPDF)

切断されたもう一方の果実片(対照)および培養後の果実片は、ただちにマイナス80度で保存された。果実切断面に沿って厚さ100マイクロメートルの凍結組織切片をクライオミクロトームで切削し、ITOスライドグラスに伸展・乾燥後、1ミリリットルのマトリックス溶液(2,5-dihydroxybenzonic acid 500mgを70%メタノール10ミリリットルに溶解)がエアブラシにより噴霧された。

イメージング分析は、飛行時間型質量分析計を用いてレーザー照射間隔400マイクロメートルで行われ、得られたマススペクトラムから[Sorbitol + K]++1(m/z222.0)、[Sucrose+K]++1(m/z382.1)および[Sucrose+K]++2(m/z383.1)の分子イオンピーク強度に基づき、各物質の果実組織切片における空間分布が可視化された。

縦断面および横断面を問わず、果肉組織切片における13C-ソルビトール(m/z222.0)の分布は均一であり、培地に添加した13C-ソルビトールが、偏りなく果肉組織へ浸透していたことが確認された。また、培養後の果肉組織から13C-ヘキソース(グルコースおよびフルクトースを含む単糖類)も検出されたが、組織内の濃度分布に大きな差は認められなかった。一方、13Cを1または2個内包するスクロース(m/z382.1及び383.1)の分子イオン強度は、果托の髄部から皮層部側へと徐々に高まり、特に果皮近傍組織において最も高くなっていることが確かめられた。

この事実は、リンゴの果肉組織におけるスクロース生合成能が、果芯から果皮側に向かって高いことを示唆しており、成熟したリンゴの果実におけるスクロース濃度のグラデーションを生む要因になっていることが考えられるとした。

スクロースは、果実内部でアントシアニン生合成などの基質となることが知られている。それに加え、果実成熟を促すシグナル物質として機能するということが近年になって報告されており、果実成熟に果たすその役割に注目が集まっているという。

今回の研究結果は、スクロース生合成活性が果実内の部位間で異なることを明確に示したものだ。そして今回の発見は、今後、果実成熟機構の解明及びその人為的制御技術の開発、並びに果実の甘味に特徴を持つリンゴ品種の育成などに役立つものと考えられるとした。

また今回の研究は、安定同位体で標識した基質の外与と質量分析イメージング技術を組み合わせることで、植物組織における物質代謝の一面を可視化できることを実証した点も価値があるとする。今後、可溶性炭水化物以外の成分についても、生合成あるいは代謝過程に関する研究に応用されることが期待されるとしている。