「都内に日本一と言っても差し支えないほどの社員食堂が存在する」--。とある日に、某IT企業社長との雑談でそんな話を耳に挟んだ。話を聞いた筆者は「なんでも日本一って言えばいいと思っているのだろうな。どうせ福利厚生の一環で、そこそこレベルの社食なんだろう。うちは社食が良いんです!って話はよく聞くし」と、いくばくか疑いの目を向けていた。
しかし、説明してくれる社長の熱量は高まるばかり。ちなみに、日本一の社員食堂は、この社長の会社ではないことを先に断っておくが、熱量に圧倒される形で筆者は「取材してみたいです」と無意識に口走っていたのだった。
“行きつけは社内にある”
そんな経緯で取材することになったのは、日本ビジネスシステムズだ。今回、同社 代表取締役社長の牧田幸弘氏に、日本一の社員食堂を設けるに至った背景などを伺った。
まずは、同社の事業から紹介したい。1990年に牧田氏が設立し、現在はMicrosoftの製品・サービスを中心にクラウドインテグレーション事業、クラウドサービス事業、ライセンス&プロダクツ事業の3つの事業を核にビジネスを展開し、現在の従業員数は2700人だ。
Microsoftのみならず数々の国内外のITベンダーからパートナーオブザイヤーなどを受賞。2024年9月期の連結売上高は前年同期比24.9%増の1408億5800万円、売上総利益は同11.4%増の145億6700万円、営業利益は同9.6%増の45億9300万円と好調に推移している。
創業当初から2013年までは芝公園ファーストビル(東京都港区)にオフィスを構えていたが、業容の拡大に伴い2014年に虎ノ門ヒルズ森タワー(同)に移転。その際、“行きつけは社内にある”をコンセプトに「Lucy's Cafe & Dining」(ルーシーズ)と名付けた社員食堂をオフィス内に整備した。同社では、ビジネス拡大のための積極的な設備投資と位置付けている。
そもそも、なぜLucy'sなのだろうか?その点について、牧田氏に伺うと現在は亡くなってしまったが、芝公園ファーストビルのオフィスで飼い、従業員にも愛されていたゴールデンレトリーバーの名前がルーシであり、その名を冠したという。
Lucy'sの役割とビジネスへの影響
牧田氏は「もともとは今のコンセプトのように作ろうとは考えていませんでした。社員同士が気軽にコミュニケーションを取れる場所があるといいな、とは長い間考えていました。芝公園ファーストビルには食堂がなかったので、夜食や冷蔵庫にアルコール類を置いていました。それはそれで良かったのですが、オフィスを移転するときに食堂は作りたいと思っていました」と振り返る。
そのため、森タワーへの移転と同時にLucy's Cafe & Diningを設けた。この時、すでにランチタイムに日替わりランチ、ディナータイムはリーズナブルかつ手の込んだ料理、アルコールに加え、こだわりの日本酒やワイン、ウイスキーとシェフが手掛ける和洋のコースディナーなど他の飲食店と引けを取らない、いや一歩上を行く料理・アルコールが楽しめる形が作られた。
こうした取り組みを進めた結果、社員同士のコミュニケーションが活性化し、取引先企業の人たちも段々と利用するようになったという。牧田氏は「意外と取引先の方たちも集まってくれるのだなと実感しました」と述べている。芝公園ファーストビル時代の来客数と比べて、森タワー時代はその数が倍以上になったとのことだ。
同氏は「Lucy'sも来客数が拡大した1つの要因です。お客さまや取引先の方も行ってみたいと感じていたことから、ミーティングの時間を長めに取り終わってから軽く飲む、みたいなことがありました。来客が増えると仕事もおのずと増えていった感じです」と話す。
社員食堂を超えた存在となったLucy's
そして、食のみならず、さまざまな部分に対するこだわりが加速した契機は、2021年にオープンした中部事業所の「Lucy's Nagoya」の存在がある。同事業所はホテルラウンジをコンセプトにオフィスを設計しており、これを踏襲した形で2023年に西日本事業所の移転に伴い「Lucy's Osaka」、そしてさらに昇華させた集大成として2024年に本社を虎ノ門ヒルズステーションタワー(東京都港区)に移転し「Lucy's Tokyo」をオープン。
牧田氏は「社内外の方による活用が増えて、森タワーのLucy'sの予約自体が取れない状態が続いていました。そのため、規模を拡張して内装も含めてクオリティを高めたものにしようと考え、ステーションタワーにLucy's Tokyoを作りました」と話す。
このLucy's Tokyoこそが日本一と銘打つ社員食堂と言うわけだ。食材の調達は同社が直接支払い、調理や接客などの業務は委託しているが料理長、店長含めて基本的にはLucy'sで働くスタッフとして委託会社に採用してもらっているという。
毎週水曜日には牧田氏も交えた定例会を行っており、課題やリクエスト、指摘などを議論し、改善していくことを10年以上続けている。定例会ではメニュー開発の話し合いもされており、固定メニューもあるが、季節の旬を取り入れたメニューも豊富にあり、常に運営に関して試行錯誤している。
実際にランチタイム前後に取材したが、足を踏み入れてみて、まず驚いたのがラグジュアリーな装飾や什器、そして何と言ってもその広さだ。同社はステーションタワーの20、21階に入居しており、20階にLucy's Tokyoを設置しており、席数は230席、立食形式であれば最大300人が収容できるほか、会食用の個室がいくつもあり、大型の飲食店でもなかなかない規模となっている。
所狭しとボトルが並ぶバーカウンターやパン専用の工房、ワインセラーに加え、ソムリエも常駐しており、社員であれば3割引きの価格で食事、アルコールを味わえる。
そして、ここで一つ書き加えておきたいことは、社員食堂と一口に言ってしまうと自社の社員に限定していると感じてしまうが、JBSの場合はそれとは異なる。社員の家族に加え、取引先との関係構築・深化や最大限活用している点であり、社員が予約を取れば友人なども利用できる。つまり、単なる社食ではないのだ。
写真で見るLucy's Tokyoのこだわりの料理
ここからは、Lucy's Tokyoの様子を写真でお伝えしたいと思う。ちなみに取材当日のランチメニューは以下の通り。
日替わり(豚と白菜の旨煮)
とろろそば 旬のきのこ天3種
釜玉うどん
ハンバーグ あめ色玉ねぎマスタードソースのワンプレート
豚バラ肉のラグーパスタ
スープカレー
筆者は日替わりと、とろろそばを堪能した。大変、おいしかったのは言うまでもない。ちなみに、お米は牧田氏の生まれ故郷でもある新潟県十日町の魚沼産コシヒカリを使用している。
ディナーもディナーで抜かりない。農園野菜のバーニャカウダーやイカの出汁醤油漬け、ふぐのブツ刺し、里芋の鯛酒盗がけ、ヤンニョムチキン、秋刀魚明太焼き、厚焼き玉子焼き、特製麻婆豆腐、白子のムニエル、デザートなど枚挙にいとまがなく、左党からすれば天国のようなメニューで溢れている。
特にそばや麻婆豆腐などには強いこだわりがあり、そばは当日に打ち、香りを存分に楽しめるようにしているほか、麻婆豆腐も四川飯店の味を参考にし、試行錯誤を何度も繰り返してたどり着いた味付けとなっている。
対面コミュニケーションの重要性
Lucy'sは同社にとってビジネスを展開するうえで、最重要視する“コミュニケーション”のきっかけを作ったり、醸成したりするための土台だという。定性的な側面として言わずもがな社内外からの評価は非常に高いが、それは売上高にも表れていると牧田氏は語る。
実際、約10年前の2013年9月期の売上高は230億円だったが、前述のように2024年9月期の売上高は約7倍の1400億円規模に拡大している。牧田氏は対面で話す直接的なコミュニケーションだからこそ、価値があると強調する。
同氏は「対面で話すと、そういう風に考えていたのか、ではこうしようと試行錯誤できます。オンラインだと説明して終わり、みたいなことが多々あります。人材教育や育成などで本当に腹落ちするのは対面のコミュニケーションは圧倒的に価値が高いです。対面によって伝わるものが多いからです」と説明する。
また、牧田氏は「社員は食べたいから会社に来ますし、話したいから来ます。社長、役員だからと誰も意識しません。社長がいるから姿勢と襟を正すことなんてありませんし、自分のお客さまと会食していれば、挨拶をお願いされたりします。それぐらいフランクな関係が構築できるほどLucy'sは機能しています。これは貴重だし、大事なことだなと思います」と力を込める。
牧田氏に今後のLucy'sの展望について尋ねたところ「このプラットフォームをさらにクオリティを高くし、常に細かい部分を改善しつつ料理の品質も上げたいです。森タワー時代のLucy'sはクローズしていますが、施設は残っているためリフォームしてパーティーが開催できるにしていきたいです。さまざまな人が集まり、日本の企業が発展するようにしていきたいです」と飽くなき向上心は尽きない。
取材を通して感じたことは人的資本経営に対する本気度だ。個人的な感想としてはただの福利厚生とは到底言えるものではないということ。「日本一の食堂」と言っても差し支えなく、取材前に筆者が感じた疑問は杞憂だったと言っても過言ではない。社内外の“コミュニケーション”を軸にビジネスの規模を拡大していくJBSの今後に期待したい。